7.4
飛行そのものは単調だった。時折、近場の基地からの無線が入るくらいだった。
それから中尉は、もう一度左前方を飛ぶ機体に目をやった。相変わらず同じ位置で飛行していた。もしかすると最寄り基地から飛び立った偵察機とたまたま出くわしたのかもしれない。そんな風にも思っていた。
しかし、無線のいくつかの周波数で呼びかけてみたが反応がなかった。
「だんまり決め込んで付いてくるな。もしもだが、攻撃でもされたらどうする?」大尉は聞いた。
「そんな、あり得ないとは思うけど」
「もしもの話だ。どうする?」
「随伴機の方は機銃がついてるけどね。こっちには無いから、そのときはダイブする」
「ダイブ?」
「急降下だよ。一回この機でテストしたから何とかなると思うよ」
「そりゃ結構だが、俺の身体の方はどうにかなるかもな。失神するかもわからん」
「どのみち、あの機がついてくるのは無理だね。振り切れるよ」
「そんなことがわかるのか?」
「そうだよ。僕の専門を知らなかった?」
「パイロットだろ。空軍の」
「その中でも急降下……」
「おい、姿が見えなくなったぞ!」
中尉は咄嗟に太陽のある方向を確かめた。もちろん直接太陽光を見るなどという野暮なことはしなかった。自身が爆撃を行う際もそうだが、攻撃時は太陽を背にしておくと敵に発見されにくいのだった。
「どこ行った?」フィエルはあたりをぐるりと見渡した。
そのとき無線が入った。「不明機、後方上より接近!」同時に後方の随伴機に動きがあった。右へバンクしたかと思うと斜め上に向けて機銃が散発的に掃射された。曳光弾の軌跡がはっきり見えた。
「後ろだ! 後ろからくるぞ!」
「降下する!」
中尉は叫ぶと同時に操縦桿を倒した。
ふわりと浮かんだ感覚を感じるとともに、機内から重力が失われた。もちろん落下による錯覚だった。そして誰もが飛行機がほとんど垂直に、機首を下にして落ちていくように感じていた。実際は四五度の角度にもならない緩降下だった。が、いずれにしても中尉以外は生きた心地がしなかった様子で、場数をこなしているウルバノ大尉もともかく、コックピットの下にいて状況をよく把握していないマルティグラとレペンスの二人は恐怖の表情を浮かべていた。
急激な気圧変化により誰もが耳に痛みを感じた。機体は振動し、ガタガタと音を立てた。
「ついてくるぞ!」後ろを確認していたフィエルが叫んだ。
「そんなバカな!」
さらには機体のそばを曳光弾がかすめていった。
「クソっ! 撃ってきやがった」
大尉は悪態ついたが、レグロ中尉は構わなかった。彼は計器だけに意識を集中していた。高度計はめまぐるしく低下していく飛行高度を正確に表示していた。中尉はぎりぎりまで降下するつもりでいた。もちろんそれでも安全を担保できる高度は確保するつもりだった。が、かなり危険な賭けだった。中尉以外の三人はこのまま地面に激突するのではないかといった不安がよぎった。眼下には広大に広がっている森が見えていた。
中尉はタイミングを見計らい、力いっぱい操縦かんを引いた。
皆、今度は無重力状態から力いっぱい下に引っ張られるのを感じた。それからしばらくて機体は水平の状態を取り戻した。ただし、失速しないようにすぐには機首を上げず、しばらくはそのままの高度を維持した。機体が水平に戻った時、ウルバノ大尉は周辺に目をやり「敵は森へ突っ込んだみたいだぞ!」と叫ぶように言った。中尉は機体をゆっくり旋回させた。横目に森から黒煙が上がているのが見えた。しばらくあたりを旋回したが、機体は徐々に高度を上げていった。
中尉は無線がしきりに呼び掛けているのに気づいた。
「こちらレグロ。無事だ。今高度を回復中」
「了解」随伴機の方も無事だった。
いずれにしても、随伴機の搭乗員も度肝を抜かれたに違いなかった。ステニスの話よると、例の飛行機は突然斜め後方から現れたと思うと、急接近したため、回避するとともに威嚇射撃をおこなった。ただ、その間に急降下を始めたサットンの機をすぐに追いかはじめたとのことだった。正体不明の攻撃をしてきた機体はその一機だけだった。
「ふう……ひとまずこれで、急降下のテストは合格だな」
元の高度まで戻った時もウルバノ大尉はまだ若干緊張の面持ちだったが、ジョークを言う余裕はあった様子だった。
中尉の方は計器類にせわしなく目をやって異常がないか何度も確認していた。
「機体の方は目視で異常があるかい?」中尉は計器に目をやったまま大尉に聞いた。
その声にこたえるように、大尉はできるだけ姿勢を立てて両翼や後方翼をまじまじと見た。
「ああ、ぱっと見は大したことなさそうだ」それから今度は下に声をかけた。「お二人さん大丈夫かい?」
「ええ、なんとか」「心臓が止まるかと思った」
マルティグラとレペンスの、ぼやくような返事が返ってきただけだった。




