7.1
飛行船は首都から少し離れた郊外にある発着場へ到着した。
ドシール伍長の後ろに続いてタラップを降りながらベローダ博士は「もしや、あそこに立っているのは」とつぶやくように声を出した。彼の視線の先には諜報局の局長であるドブレズ・レスフリアードの姿があった。直接ベーロダ博士を出迎えに来ていたのだった。
「ドブレズじゃないか」近くまで行くと、そう声をかけた。
「久しぶりだ、ゲヴィーセン」
局長と博士の二人は固い握手をすると軽く抱擁も交わした。
「遠路はるばるよく来てくれた」
「てっきり君が私の小屋までくるかと思っていたよ」
「なかなかね。局長という立場にもなると予定が詰まっていてね。今日も何とか時間をこしらえて来ているんだ」
「なに?局長なんて立場にいるか」ベローダ博士はほんとうに驚いた表情をした。
「前に話したと思ったが」
「出世したもんだな。まあ、細かいことはいいさ」
「立ち話もなんだ。とりあえず局まで行こうじゃないか」それから局長は伍長の方を向いた。「ドシール君も、長旅ご苦労様だ」
「いえ、こちらこそ、お疲れ様であります」伍長はそう答えて軽く敬礼した。
「それでなんだが、とりあえず本部まで運転も頼むよ」局長近くに止められている車を指し示した。
「了解であります」
それから三人は車に乗った。局長と博士は後ろの席についた。
「それにしても、訪問してきたあの若いのは好かん性格をしているな」
「ウルバノ君のことか?」
「そうだ。大尉とか名乗っていたぞ」
博士の言葉に局長は軽く笑った。
「そうだな。だが実際、彼は優秀だよ。あれも彼にとっては武器の一つだ。諜報局だからといって真面目一辺倒な連中ばかりではやっていけない」
「彼自身も似たようなことを言っていたよ。それはそうと要件だが……」
「それは、局に着いてからにしよう」
「そうか」
局長は違う話題を振った。「それにしても、北部でどんな生活をしてたんだい?」
「なんてことはない。自分のやりたいことをして好きに暮らしてたよ。狩猟、湖で釣り、詩を書いてみたり。ああ、一時は臨時講師として、子供たち相手に学校で勉強を教えたこともあったな」
「なかなか充実してるな」
「そっちはどうだ?」
「私か?」局長は乾いた笑みを見せた。「日々書類と睨み合って、夜遅くまで会議に参加して、ときには政治家や軍の参謀相手にプレゼンだ。骨が折れるよ」
「というか、神経がすり減りそうだな」
「まったくだ。ウルバノ君やドシール君のように、自分が現場にいたころが懐かしく思うよ」
局長はそこで言葉を区切ると街並みに目をやった。「それでもこの国家のため、ひいては連邦市民のためだ。そう思って日々仕事にあたってるよ」
「素晴らしい心がけじゃないか」
「ああ……まあな」
それからしばらく、二人の会話は途切れた。
次はベローダ博士の方から切り出した。
「それはそうと、今夜はどうすればいいんだ? 泊まる場所とかはどうなっている?」
「あいにくホテルのほうは何も手が回らなくて……私の家でよければどうかと思っているが、」
「いいのか?」
「君がよければ、私は構わない」
「ドブレズ、結婚はしてるのか?」博士は唐突に聞いた。
「ああ」
「だったら、自宅に邪魔するのも悪かろう」
「いや、今のとこ妻は知人たちと旅行中で、まだ何日かは帰ってこないからね」
「夫は忙しくするなか、ご婦人方はバカンスか」博士は小さく笑った。
そうしているうちに車は諜報局の建物前に到着した。伍長は車を止めると、素早い動きで降りて後ろのドアを開けた。
「すまんね、ドシール君」それから局長は少し考えた様子で続けた。「この車の燃料を満タンにしてから、待機していてくれ。まあ、しばらく待つことになるだろうから休憩してくれてもかまわないが、指示を出したらすぐ動けるように」
「了解であります」伍長は軽く敬礼をして答えた。
「それじゃ、よろしく頼む」
それから局長と博士は並んで建物の中へ入っていた。
すっかり日も暮れたころ合いに局長と博士は並んで建物正面玄関から姿を現した。さらに小一時間後に三人は局長宅前に到着した。
局長は玄関のカギを開け、明かりをつけると二人を招き入れた。玄関先に溜まっていた郵便物を片付けながら「ドシール君には引き続き彼の警護を頼むよ」と局長は申し訳なさそうな口調で言った。
「もちろんであります。承知いたしました」
局長は再び身支度をしながら続けた。「私はまた局へ戻る。その辺のコーヒーは好きに飲んで構わない。それと食事も適当にしてくれ。ただ、物を散らかしたりはしないようにね。妻に知れたら、また愚痴を言われる」
「了解です」「わかった」伍長と博士はほとんど同時に答えた。




