6.7
結局のところ、ノートラール政府かどこの機関か分からないが、エージェントと思われる男が話をしにきたのは一度だけだった。夕刻時、いよいよ到着の時刻が迫てきた。
あらかじめ連邦への入国手続きは船内で行われた。といっても専門の船員による形式ばった確認作業だった。マルティグラもレペンスも旅券は持っていたが相手によっては杓子定規なこともあるので、マルティグラはすこし変わり種でいくことにした。連邦国防軍の身分証である。
二人組の船員に、旅券とともに身分証を突き付けるように差し出した。船員の表情がやや硬くなるのが分かった。
「国防軍の方ですか」確認しながら船員が言った。
「ええ、実は任務の途中でして」
「これは、お疲れ様です」
「大したことではないのですが、こちらの令嬢の護衛を任されているのです」
「そうですか。もしお困りこのがありましたら何なりと申し付けください。それでは失礼します」船員はかしこまった様子で旅券と身分証を返し、その場を離れていった。
「君も肩書や権力を振り回すことがあるようだね」レペンスはつぶやいた。
「単なる方便ですよ。根掘り葉掘り聞かれることもありますから、先に身分を見せつけるというのも時間節約の手です」
「合理的判断というやつか」
「まあ、そういうことです」
しばらくすると船は慣れた様子で入港し、ゆっくりと接岸した。二人は荷物を持って他の乗客とともに桟橋を通って陸に降り立った。マルティグラはそれとなく周囲をうかがって、声かけてきたあの男がいないか姿を探した。が、結局見当たらなかった。
港にはウルバノ大尉が出迎えに来ていた。
「久しぶりじゃないかファリード! ずいぶんな時間のかけようだな」
「どうも。ご無沙汰ですね、フィエル君。こっちはいろいろあって大変でしたよ」
「まあ、いつものことだな。ここ最近は待ちぼうけばっかりだぜ。早朝に到着の便で来るかと思ってたが、とんだ空振りだ」
「それはすみませんでした。乗船券が取れなかったんですよ」
「そうかい。まあ、それにしてもあの博士は嫌味なこったぁ」
「ベローダ博士ですか? もう出発したのです?」
「とっくの前に出発してる。飛行船で直行だからな。それは伍長に任せてある。それで……そちらの女性が件の?」
「ええ、フィエル君、紹介しておきましょう。こちらがトレス・レペンス君です」
彼女は横に並んだマルティグラから一歩前に歩み出た。
「トレス・レペンスだ。よろしく大尉」」
「どうも、俺はフィエル・ウルバノ。一応大尉ではあるが、諜報局じゃ関係ないな」
二人は軽く握手を交わした。
「やっぱり、なんとなく雰囲気がベローダ博士に似てるな。まあ、博士は君の親父さんの兄貴なんだから当たり前のはなしか。それにしてもファリードと一緒で退屈じゃなかったかい? 俺なんかと比べりゃ真面目一辺倒って感じだからな。道中沈黙じゃ、気が滅入る感じだろう。それはそうとしても、こんな美人さんと道中一緒なんてファリードがうらやましいね」
「マルティグラ、こいつは……」トレスはマルティグラの方を振り向いた。「とんでもないおしゃべりだが、酒でも飲んで酔っぱらっているのか」
「こりゃまいったな」大尉は気恥ずかしそうに続けた。「面と向かって皮肉を言われるとは。こっちはいたって真面目に仕事はしているつもりだが。まあ自分でも自信のルックスに酔うことや、多少軽口が過ぎるということは気づいている。こりゃ性格だ。こんなもんさ。ということはファリードも散々なこと言われたんじゃないのかい? どうだ」
「どうでしょうね」
「またそうやって、はぐらかすような返事で」
それから三人は並んで歩きだした。
「最近は本部でまったく見かけないと思っていました。いつから東部に移っていたのです?」
「どうだかな、半年はまだ経たないな。なに、ちょっとした左遷みたいなもんだ。まあ、多少はゆっくり仕事ができるっていうのも悪くないね」
「またまた、そんなこと言っても忙しいのではないですか?」
「いや、おかげで航空機の操縦技術をちょいと身に着けたぜ」
「ほんとうですか?」
「ほんとうだとも。そうだ、まとまった金が手に入ったら政府職員なんてやめて航空会社でも立ち上げよう」冗談じみた口調で言った。「それはそうと、この待っている間に飛行機の手配も済ませた」
「もしや。首都まで行くのにフィエル君が操縦ですか?」
「まさかな。パイロットは別に手配できている。さすがの双発機は俺の手に余る。それでも副操縦士ってとこだけどね」それから大尉は真面目な顔になった。「バイクは平気か?」と、マルティグラに聞いた。
「突然どうしました?」
「バイクに乗るのは平気かどうか聞いてるんだ」
「乗れと言われればできなくはないですが……」
「ああ、運転は俺がするさ。バイク自体は二人乗、サイド付きだから三人乗れる」大尉の向けた視線の先には、彼が空軍基地に行くのにも使った陸軍が使うサイド付きバイクがあった。「とりあえず、あれに乗るからな。どうだ?ファリードとお嬢さんが仲良くバイクの方に乗って俺が大人しくサイドでもいいぜ」
「フィエル君、冗談もほどほどにしてください。私はサイド付きを運転できるほど技量はありませんよ」




