6.5
都市サングリアの港には大小さまざまな船舶が停泊してした。マルティグラが窓口で乗船券を買ってくる間、レペンスは外で待っていた。一番近いところには大型客船が停泊しており、あたりでは忙しそうにしている港湾作業員や乗員の姿があった。
「残念なことに、出発は明日の早朝になりそうです」戻ってきたマルティグラはそう言った。
夕方に出航する便の乗船券はすでに売り切れとなっていた。手に入ったのは明日早朝に出航する便のものだった。
「そうか。なかなか思うように進まないな」レペンスは少し疲れている様子だった。
「そうですね。今日は早めに休むことにしましょう」
それからマルティグラは港近くで適当なホテルを見つけると早速部屋を手配した。
「二人部屋でよろしいでしょうか?」フロントのスタッフは言った。
「ええ」マルティグラは二つ返事でフロントからカギを受け取った。
「二人部屋なのか?」レペンスは疑問の面持ちで訊いた。
「そうですよ」
「笑わせてくれるな」そういったもののレペンスの顔は笑っていなかった。「一緒に寝るつもりなどまったくない」
「誤解ですよ、レペンス君」マルティグラは即座に答えた。「部屋はツインですから、ベッドは一人ずつです」
「ツイン……。ああ、そうか」
「それとベッドルームとリビングと部屋があるので、私がリビングのソファで寝てもいいですし。レペンス君がどうしても、とおっしゃるなら個室にしますけど」
「いや、それなら、まあ構わん。旅は慣れないからな。こういうのは苦手だ」
「それでも、私だって悩みましたよ。一人部屋ですと、また不追い打ちを食らったときに対処に困りますから……」
「分かった。あまり気を煩わすことになるなら勘弁しよう」
部屋に入るとファリードは上着を脱ぎ、ホルスターも外してテーブルの上に置いた。
「君の持っている銃は、私の持っているのと比べるとずいぶん小さいが……いざというとき役に立つのか?」
レペンスはテーブルに置かれた小型拳銃を横目で見ながら言った。
「当然です。それと隠し持つにはこのくらいの大きさでなりませんから。まあ九ミリ口径に比べるとやや威力不足かもしれません。それでも装弾数八発と予備の弾倉もあります。大きな銃撃戦でなければ十分に役をこなしてくれるでしょう。まあ、貴女の持っているリボルバーとは見た目の迫力で劣りますけどね」
その晩、結局のところマルティグラは気を使って、ベッドルームは彼女一人が使うことになった。
真夜中、ソファで浅い眠りのマルティグラは、部屋から苦しそうな呻き声が聞こえるのに気が付いた。しばらく夢か現実か判断が付きかねたが、夢ではないと気づくと思わず飛び起きた。
「レペンス君、どうかしましたか?」部屋の外から声かけた。が、返事はなく、仕方がないので「入りますよ」と一言、ゆっくり扉を開けて中へ入った。レペンスはベッドの上で上半身を起こして苦しそうにしていた。マルティグラはすぐさま駆け寄った。何か発作でも起こしているのかと思ったのだ。
「いや、ちょっとな、右手が痛むだけだ」レペンスはマルティグラが部屋に入ったのに気づくと言った。
存在しないはずの右手がまるであるかのように左手で抱えていた。義手はベッドサイドのテーブルの上だった。額には汗をかき、押し殺すように息をしていた。
「少し外の空気にでも触れた方がいいかもしれませんね」
「大丈夫だ」
彼女はそう言ったもののマルティグラに支えられて窓ぎわに置かれている椅子まで移動して座った。マルティグラが窓を半分ほど開けるとひんやりとしたやわらかな夜風が入ってきた。それから、水差しからコップに少し水をくんで運んできた。レペンスは水を飲んで一息ついた。それから「驚かせたな……。幻痛というやつだ」と言った。
「よくあるのですか?」
「いや、ごくたまに。忘れそうになるとやってくる。まるで、何かを戒めるとでもいうかのように」
マルティグラは掛ける言葉が思いつかなかった。
「おかしな話だな。存在しないのに右手が痛いとは。自分で思っていても本心はそう思ってないとみえる」
「辛いですか?」
「さあね。痛むのはほんのしばらくのときだけだ。嵐のようなものと考えれば、気休めにはなる。耐えれば去る」
それからしばらく言葉を交わさなかった。わずかに風で揺れるカーテンを二人で眺めていた。かすかに海の波音も聞こえていた。
「痛みはどうです?」
「だいぶ収まってきた」
「まだ朝まで時間があります。休みますか?」
「いや、私は起きたままでいる。君は眠りたければ寝ればいい。気にするな」




