6.3
列車はボズロジデニア共和国の首都へ到着した。マルティグラはとしては、首都の駅で列車を乗り換えてすぐにノートラール国に向かうつもりでいた。
列車から降りた二人は、混雑する駅構内を進んだ。そのときレペンスは、とある男の横顔を見かけてハッとした。相手が誰であるか気付いたのだ。もっとも、相手の男が眼帯という目立つものをしていることも、要因の一つだった。
「待ってくれ」レペンスはマルティグラの腕をつかんで言った。「あいつだ! あいつがいる」
「レペンス君、どうしました?」
「あのときの……大尉だ」
「まさか! 見間違いではありませんか? いくらなんでも偶然が過ぎますよ」
ファリードが言い終わるまでもなく彼女はかまわず進んでいった。
「ち、ちょっと待ってください。そっちは駅の外に向かいますよ」
「分かってる」そう言いながらも、早足で人混みをかき分けて進んで行った。レペンスがいよいよ追いつくといった瞬間、相手が突然立ち止まったために、彼女はぶつかってしまった。
「これは失礼!」相手は振り向いて言った。それから驚いたような表情になりながらも冷静な声で続けた。「失礼しましたね。お嬢さん、大丈夫ですか?」
「ああ、なんともない」そう答えながら男の顔を確かめたレペンスは確信した。相手はあのトゥルー・エンツシャードだった。彼の方も何かに気付いたような顔をしていた。
「あなたは、どこかでお会いしたことがありますかな?」彼は冷静を装い、どこか試すような口調だった。
「奇遇だ。私もそう思ったところだ」
そのとき、ファリードが彼女のもとに追いついた。「レペンス君、困りますよ」それからマルティグラも少佐の方に目をやった。
「ええと、貴方は……」
「私はトゥルー・エンツシャードだ。セトハウサ陸軍の少佐をさせていただいている」少佐は臆することなく、名前を名乗った。仕方なくマルティグラの方もそれに応えた。
「どうも、ファリード・マルティグラといいます。連邦政府機関の職員です」肩書は少し濁した言い方だった。
少佐はさりげなく握手を求めていたが、マルティグラほうは応じるまでのことはしなかった。が、少佐は構わず続けた。「私の部下が君にやられた上、シスタルービで共和国軍の動きがあったと聞いたものでね。まさかと思ったが、まぐれ当たりもあるものだな」自嘲ぎみな笑みを浮かべた。「それに、君の方からやってくるとは思わなかった」
その直後、レペンスは銃を取出して少佐に突き付けた。
「目的があるからな」屋敷でファリードに突き付けたのと同じ銃をポーチにしまって持ち歩いていたのだった。「覚えているか?」彼女は無表情で尋ねた。
「ああ、忘れるものか。この眼帯は君のおかげだよ」銃を向けられているにも関わらず、少佐も冷静な口調で応えた。
「皮肉のつもりか? 貴様にはまだ貸しがあるような気がする」
レペンスは銃を構えたままだった。
「なんのことだ?」
「私の故郷だ」
「トレギシェ村を攻撃したことか……」
「やはり貴様の仕業か」
「確かに。あの攻撃作戦を指揮していたのは私だ。だがあの当時、政府は一帯を非武装地帯にして双方の軍が立ち入らないようにするという提案も事前にしていた。公表はされていないがな。それを蹴ったのは紛れもなく君たちのパ連邦の方だったんだよ。そして大部隊を駐屯させた。それに対して何らかの行動を起こす必要があることは誰もが感じていた。事実行動を起こした。私でなくとも誰かが指揮を執ることになっただろう……」
「そんな戯言が」彼女が納得する素振りはなかった。
「それが政治だ」少佐は語気をやや強めた。「そして戦争とはそういうものだ。誰かが死ぬ。ときには町が消えるのだ」
「人が “殺される” 町が “消される” という表現の言い間違いではないのか?」レペンスは言い返した。
「だとしても、」ファリードも口を挟んだ。「誘拐目的で、武装した部下を送り込むのは十分失礼だと思いますけどね。しかも平時ですよ」
少佐は一瞬あっけにとられたようだった。
「そうだな、少し強引が過ぎたよ。だが、もう終わりだ」
「どういう意味です?」あっさりとした大佐の態度にファリードは拍子抜けした。
「言葉のままだ。不名誉除隊なんか受けたらたまらんからな。先日、上から警告された。本来の任務に専念しろとね」少佐は肩をすくめた。「私が君達と関わることはもうないだろう」
「こいつの言葉、信用できそうか?」レペンスはファリードの方を向いて訊いた。
「どうでしょう……」
「ほんとうだよ。なんなら残ってる方の眼を賭けたっていい。軍にとっては、君の能力は手に余るらしい」
ほんのわずかだったが、二人の睨み合った。お互いにとってはとても長い時間に思えた。
「行こう」レペンスがそう言って銃を仕舞った。「時間の無駄だったな」
「私にとっては有意義だったように思う」少佐は彼女の言葉に応じた。
それから、「さようなら、お二人さん」と呟くように言葉を残し、人混みの中へ姿をくらましてしまった。
束の間、二人はその場に立ち尽くしていたが、ノートラール行きの列車の発車アナウンスが聞こえると我に返って足早にホームへ向かった。




