6.2
飛行船の中でドシール伍長が一人になったときを見計らったのか、ドミナーレから来たという男が近づいてきた。伍長は例の男だと気が付くと、一歩距離をとって無言のまま身構えた。
「なにも、そう構えなくても結構ですよ」
伍長は自身が隠し持っているリボルバーをいつでも取り出せるように警戒したままだった。だが、男の方はまったく気にしていない様子で続けた。
「まあ、なんとなくわかりますよ。博士に接触しようとする人物には十分に注意せよ。とでも命令されているのでしょう」
伍長はただ黙って硬い表情を見せていた。
「私は別に脅しをかけたり、危害を加えようというつもりではありません。博士と話をしに来ただけです。まあ業務命令というところです。そうだ、あなたのような方はどうです?やはり上からの指示は絶対命令といった感じでしょうか。逆らうと容赦ないといったとこでしょうかね。それに、あなたは真面目そうな方だ」
「そんなことはありません」伍長はやっと口を開いた。
「どちらです? あなたのことですか? それとも上司?」さらに男は聞いてきた。
「自分の上司であります。厳格な方ではないですし、」フィエル大尉のことを思い返しながら少し考えた。「むろん振り回されることはありますが、ユーモアがあります」
「そうですか。あなたは周囲に恵まれている方のようですね」男は一呼吸おいて続けた。「ですが、どうでしょうか? 軍というのは業務に対して給与のつり合いが取れていない。そう思うことはありませんか」
伍長は何も答えなかった。
「我がドミナーレ社は一大企業で、警備部門もそれに比例してとてつもなく大がかりです。それと軍や警察から鞍替えしてきた人たちも多くいます。そしてかられらには仕事に見合うだけの給料をきっちり支払っています」
これはアメとムチで言うところの、アメを出して見せたというのだろう。伍長はそんなふうに思った。
目の前の男は続けた。
「かつてルガ帝国の末期、多くの兵士達は国のために戦って命を落としました。しかしどうです? ルガ帝国は崩壊してしまったのです。こんなバカげたことがあるでしょうか?」
「国に尽くすことと、国家が変わることは別問題であります」伍長は反論した。
「だとしても、ドミナーレならば永久不滅です。それは国家という概念に囚われていないからです。どうでしょう? ドミナーレに雇われるのも考え方の一つであるように思いますが」
「たいそうな提案でありますが、自分は今の仕事が一番だと思っているであります」
「あなたは頑なな人ですね。給与は目ではないと」
伍長はかつて自身の父に言われたことを思い出した。自分を惑わそうとするもには、冷静に堂々とした態度で立ち向かえと。
「自分の信念の問題であります」
「それは何に基づくも信念でしょうか」
伍長は少し考えて答えた。
「それは言葉で簡単に語れるものではないかと思われます」
男は一瞬言葉に詰まった様子だった。
「まだ時間はあります。またあとでお伺いいたします」
男は踵を返すような言い方で言うと、その場を後にした。
「何度もでも来やがれであります」男の背中に向かって小さくつぶやいた。
「あいつは君のとこにもきて御託を並べ立てたか?」
ベローダ博士の声が聞こえたので、伍長は思わず振り向いた。
「ええ、そうです。買収しようとしてきた感じであります」
「しつこい連中だ。だが、そろそろ気を付けた方がいいかもしれんな」
「どういった意味でしょうか?」
「飴と鞭なら、これはとんでもなく甘い飴だな。そして、いずれ彼らは鞭を取り出すはずだ。すさまじい一撃を繰り出すかもわからん」
「それなら警戒は怠りません」そう言って伍長は上着の下に吊ってあるリボルバーを見せた。「三十口径の七連発であります」
「まあ……頼もしい限りだな」




