5.7
ドシール伍長とベローダ博士は連邦中部を経由して首都へ向かう飛行船に乗船していた。全長は二〇〇メートルを少し超え、積載量は十トン近くになる。ラングザム級と呼ばれる世界最大の飛行船であった。いまでこそ、のんびりと空を進む印象を与えるが、かつては連邦空軍の爆撃船として使われて国境戦争にも使用されていた。現在では大陸の東西を行き来する貨客船として平和な余生を送っているのだった。
二人がラウンジで食事をしていると見知らぬ男性が声をかけてきた。
「よろしいですか?テーブルをご一緒しても」
伍長は唐突に声をかけてきた男に身構えた。しかし博士のほうは「別に、かまわんよ」と言い、それから伍長のほうをみると身構える必要はないといった顔をして見せた。
「まさか、ここで撃ち合いを始める馬鹿はおらんだろ」食事を続けながら「ともすると、ドミナーレがらみかもしれん」と言った。
「勘が冴えてますね。貴方がゲヴィーセン・ベローダ氏で間違いないでしょう?」
「そうだ。寒いところから暖かいところに出てきたら、いずれ誰かやってくるだろうと思ってたよ」
「分っていらしてるなら気楽にいきましょう。いろいろとお聞きしたいことがあります。それと委員会からの言伝が」
「たいして話すことはない。それと総会に出て発言するつもりはないし、会社経営は好きにしろ」
「まあまあ、そう先走らないでください」
それから、ちょうど通りかかったウエイターにメニューを注文してから続けた。「いや、あなたを見つけるのは苦労しました。我が社の情報収集能力は、さすがに政府機関にはかないませんね」
「無駄話はやめて、本題に入ったらどうだ」
「噂通りの人物だ。時間はたっぷりあると思いますがね」男は表情を変えずに続けた。「では早速、本題に入るとしましょうか?博士のおこなっている研究について」
「どの研究だ?」
「いろいろなさっているようですが、向精神薬あたりはどうでしょう」
「薬か、懐かしいな」博士はナイフとフォークを持っている手を止めた。一瞬、遠くを見つめながら昔のことを思い返している様子だった。
「大企業になった今さら、原点回帰でもするつもりか?」
「どうでしょう? でも、原点は常に我々の近くにあります。確かにドミナーレが今世紀で急成長を遂げた企業であることは多くの人が知っていることです。それと最近ではオワム大陸にも拠点を作り始めたんですよ」
「とんでもない大企業だな。関わり合いはしたくないね」
「ですが、自身がドミナーレに対してどれほどの潜在的影響力を持っているか自覚なさってますか?」
「さあね、興味ないな。それなりにはあるのかい?」
「それなりどころか、ドミナーレの基礎となった医薬品会社の創業者の一人ではありませんか。当時の写真はいまでも本社に飾られてます」
「偶像崇拝か?」
「宗教扱いは困りますね。まあ、神話じみた噂話ならありますけどね」
「すっかり様変わりだ。私が知っているのは友人たちと起こした小さい会社だ」
「今や大企業ですから」
「戦争を糧にのしあがってきただけだろう。そうだな、人の命を吸って大きくなった化け物みたいなもんだ」
「ずいぶん過激な表現ですね」
「だが、事実だろう。兵器の生産もしてるのだから」
「あくまで一部門での話です」
「ともかく、私に戻って来てもらいたいような口ぶりだが、違うか?」
「ええ、そんなところです」
「今さら、精神治療薬なんて私が出てくる必要はないだろう」
「あなたは創業者の一人であり医者でもあった」
「ただの平凡な軍医だ」
その時、男のもとへ料理と飲み物が運ばれてきた。
「それに今、研究分野も広げている最中です。人手が欲しいのです。特に、博士は超能力は関心が高いようですので」
「どういう意味だ」博士の目つきが厳しくなった。
「言葉のままですよ。それに身内にいらっしゃるとかなんとか」
「何を企んでいる?」
「そんな大げさなことはありません。協力を得たいだけです」
それだけ言うと男は、運ばれてきた料理に手を付け始めた。




