5.6
「さて、どうしたいものか」事務所に一人残ったフィエルはひとり呟くようにして言った。少し前に伍長とベローダ博士の出発の見送りを終わらせてきたとこだった。
「まだ書類の山が少し残ってるからな、それを片したいとこだが……」
本来ならマルティグラ達と合流し、空軍から飛行機を一機借りて首都へ向かう算段だった。ただ、マルティグラが遅れそうなので博士たちを先に首都へ向かわせることにしたのだった。向かう先は一緒なのだから構うものか!という考えがあったのだ。いずれにせよ、飛行機の手配もまだ間に合っていなかった。
「そうだ。中尉殿に連絡といこう」
大尉は机の上の電話機に手を伸ばした。学生時代の同期生で友人のサットン・ナ・レグロ中尉は空軍のパイロットであり、現在は東方面部隊に在籍していた。そのコネを使い、飛行機の手配をしようと考えていた。手早くダイヤルを回して交換手の声が聞こえると、東部軍司令部につなぐよう仰いだ。そこからまたしばらく待たされた。大尉が諦めかけたとき、やっと電話口に声が聞こえた。
「お待たせしました。レグロ中尉です」
大尉にとっては聞き慣れた、ちょっと間延びしたような癖のある物言い声であった。
「よう! これは中尉殿」
「その声はフィエル君かい? そっちはどんな調子だい?」
「どうしたもこうしたもないぜ。予定はめちゃくちゃだ」
「たいへんだね」
「それはそうと、例のモノは手配どうなっている?」
「ああ、なんとかね……」言葉を濁すような、はっきりとした返事ではなった。
「なんだ、浮かない声じゃないか、問題が?」
「いや、テスト中の機体でね。飛行試験も兼ねてこっちから首都方面に空路で回送することになったんだ。でも、便乗させるのはどうかなと思って」
「新型機か……トラブルもあるのか?」
「それに関しては今のとこ順調。もともとは民間や郵便省向けの長距離機なんだけど、今、軍でも採用の有無をテスト中で」
「まあ、扱いが難しいよな。新鋭のものは」
「そうなんだよ。まだ量産試作の段階すらなくて」
「俺が操縦できそうかい?」
「双発の大型機だからね、それが」
「そりゃ、たまげたな」
「とにかく一回、直接会って話したいな。それと機体の現物も見てもらいたいし」
「分かった。これから向かうことにする」
それから大尉は受話器を置くと、小さくため息をついた。「あー、大型機じゃ俺は操縦できんぞ。まあ首都まで直行はできるかもしれんが、パイロットが必要だ」
それから机の上の散らかった書類を整頓すると、上着をひっかけて事務所を出た。そして、一階にある倉庫の中に向かった。明かりをつけると、そこには一台のサイドカー付きバイクが置いてあった。
「こいつでなら空軍基地まですぐだな」大尉はバイクの運転ライセンスも所有していた。
「しばらく動かしてないから、どうかな?」
みたところ燃料は満タン、タイヤの空気圧も問題なさそうであった。
大尉は得意げな様子でスターターを蹴った。一発目ではエンジンは掛からなかった。
「頼むぜ、ベイベー。列車で行くんじゃ日が暮れるどころか晩になっちまう」
三回目にエンジンは目を覚ました。倉庫内に調子のよさそうなエンジン音が響いた。
「よっしゃ! それじゃ、お出かけといこうか」
戦闘機パイロットが使うような防風ゴーグルとヘルメットを身に着けると、エンジンの回転数を上げて空軍基地へ向かった。




