5.4
ある日、エンツシャード少佐は参謀幹部の一人に呼び出された。
「少佐、君は割り当てられてた人員を使って余計な仕事をさせているという自覚はあるかね?」
「お言葉ですが、何をもってそのように仰られるのか、意図が分かりかねます」
「この資料を見てもそういうのかね」そう言って机の上に、タイプされた何枚かの用紙や写真を取り出してみせた。「ボズロジデニア共和国やその近くのパ連邦国境付近に人をやってるな。確かに偵察任務の一部を任せているが、この地域は君の担当外だろう」
少佐は表情を変えず言葉を聞いていた。
「トレス・レペンスか……この女の父と叔父はともに帝国時代の軍人ではあるが、さほど重要視するほどの地位にあるわけじゃない。しかも父の方は亡くなっているし、叔父は現在はまったくもって影響力のない人物だ。確かにこの女性に関して風変わりだという噂話くらいはあるようだがね」
彼は話を聞きながら、部下の誰かがお偉方の前で口を滑らしたか、あるいはあちこちに監視の目が光っているのだろうという思いを巡らせていた。
「事実、各国とも超能力だとか、占星術、奇術の類が一部で軍事用に研究されているという話も聞く。だがね、確実性と信頼性の面においては科学と技術なのだ。超人なんていてもいなくても構わん。我が軍が何より重視しているのは兵器技術と兵の練度!これこそが重要なのだ」
「お言葉ですが、」話の内容をある程度知っているとみて少佐は慎重な口調で言った。「私が調べさせている、この女性はある特殊能力を持っていると考えております。もしパ連邦政府が、」
だが、大尉の言葉は遮られた。
「そうだな、懸念はあるかもしれん。だとしてもだ。君の言ってることが事実としても、それは我が軍の情報機関の仕事だ。君が出てくる必要はない」
「しかし、」
「まあまあ、釈明の必要はない。なにもこのことで君を降格だとか、陥れようなどということじゃないんだ。最近はいろいろなことがうるさくなってね。政府はそこかしこで組織改革を掲げているし、軍もその例外ではないようだ。それにスパイ狩りなんかもだ。君は有能な軍人で、実績も上げている。だがね、こんなバカげたことで左遷されたり、指揮能力がいざというときに発揮されんのでは困るのだ。そういうわけだ」それから参謀は声を潜めた。「まだ情報機関だけの話だが、パ連邦と隣国ボズロジデニアは外交上の問題が紛争に発展するのではないかとみている」
「確かに、あまりいいニュースは聞きませんがそこまで酷いのですか」
「部隊の移動が確認されているとのことだ。もし武力衝突ともなれば我が軍も有事体制をとる必要がある。飛んできた火の粉は払うことだ。そのようなときに君にはしかるべき仕事に集中してもらいたいんだ。要点は理解できるだろう?」
「ええ」
「それなら話はこれで終わりだ。これから忙しくなるかもしれん。その前にしばらく休暇を取りたまえ。君は最近働き詰めじゃないか。頭を休めるのも必要だ」
「はい、分りました」
「いいかね、これは命令だ」参謀は抜け目のない目で彼をにらんだ。
そして、すでに準備していたのであろう休暇取得指示書を手渡した。
少佐が自身の執務室に戻ると部下が報告のためにあらわれた。
「エンツシャード少佐殿、ご報告です!例の接触は図った小隊は退けられました」
「どういうことだ?」大佐はため息交じりに行った。
「取り押さえる暇も無く、危うく殺されかけたと…、幸いなことに気絶させられただけのようです」
「なるほど」
「追跡は続けている模様ですがいかがいたします?今後について」
「いや、もう終わりだ。戻ってこさせろ」
「は、よろしいのですか?」
「ああ、これからそれどころじゃなくなるかも分らん」
「承知しました」部下は意外そうな顔をしたままだった。
「それに私は明日から一週間ほど休暇を取るよう命じられたよ」
自嘲的な笑みを浮かべると、部下へ引き継ぐ書類をまとめ始めた。




