5.3
パラムレブ連邦の首都にある国防軍諜報局本部では職員がフロアを行き交い、タイプライターの音が響き、皆いつものように仕事をこなしていた。
「レスフリアード局長、よろしいですか」
開けっ放しにされている局長室のドア枠に軽くノックして部下の一人が入ってきた。
「うむ、どうした?」
「ご報告したいことがあります」
「そうか、会議室のほうがいいかな?」
「いいえ、この場でも。協議が続いているシスタルービの鉱山領有地問題です」
「続けてくれ」
「ボズロジデニア共和国は公然と軍部隊を動かし始めたと情報が入りました。まだ市街地のみとのことですが、我が方の国境警備部隊は数を減らされているため手薄状態です。彼らがどこまで動くかでこちらも早急な対応が必要です」
「そうか……首脳部への報告は?」
「ええ、すでに通達は行っていると思われます」
「はぁ、共和国は本気なのか?」
「そこまではまだ分かりかねます。おそらく協議に対する圧力を掛ける気ではないかと」
「なるほど、こちらが軍縮を進めてると睨んでのことか。それとも、また本格的な戦争を始める気か……」
「どこまで狙ったものか意図は分かりかねます。まあ、先の戦争は我が連邦は言うならば判定勝ちですが、もし似たような戦争となれば今度は厳しいでしょうね」
「まさにそれを狙っているとすれば、たいした度胸だ」
「ただ、今回ボズロジデニア共和国の後ろにはエテク共和国という大国の存在が大々的にあります」
「忌々しいな」局長はため息をついた。「報告はそれだけか?」
「いえ、東部支所より報告書や多少の情報が入っております。こちらの資料がすべてです」
「そうか」
部下は書類を手渡すと部屋を後にした。
セトハウサとの休戦協定が結ばれ、連邦内ではこれで一息つけるといった風情が漂っていた。ただ、この国防軍諜報部ではそうはいかないようだった。
平時でも戦時でも、情報というものは絶えずあちこちを飛び交っているからだった。そしてそれが時には国の行く末を左右するのだから当然のことであった。
ただし、次はボズロジデニア共和国との関係に陰りが見え始めていた。問題は国境沿いに位置する都市、シスタルービだった。鉱山資源の開発が進んでいたが、その領有権をめぐり議論が糾弾していたのだった。街も鉱山も国境をまたいでいた。さらにはセトハウサとの戦争がひと段落したためパ連邦内では軍縮の声が叫ばれ、国境警備が手薄になることも懸念されていた。
「ボズロジデニア共和国の国境警備隊だけでも我が連邦軍と引けを取らない装備を備えています。万が一にも小競り合いが起きた時には後退しなければならない可能性も十分に考慮しなければなりません。それからシスタルービ周辺ではボズロジデニア陸軍の活動が活発化しているのも事実です。十分は配慮が必要でしょう」
パ連邦東部軍司令部の幹部からはそのような意見も聞かれていた。
「戦争が終わったと思ったら、また戦争か」局長は憂いを含んだ口調でつぶやいた。




