5.1
マルティグラは両手に大きなかばんを持っていた。二つともレペンスの荷物だった。一方のトレス・レペンスは小さいポーチを一つ下げているだけで身軽そうだった。
「レペンス君、せめて貴女の荷物なんですから片方くらいは自分で持ってください」
「何を言うのかね」それからトレスはいたずらっぽい笑みを浮かべた。「首都まで来てくれと頼んだのはそちらではないか。荷物くらい運んでくれてもよかろう?」
「私も、このあとホテルにも寄って自分の荷物を取りに行かなければなりませんからね。そこでタクシーを呼ぶことにますよ」
マルティグラには珍しく不満を口にした。
市街にあるホテルの手前まで来たときだった。レペンスとマルティグラの目の前に突然、行く手をふさぐように男たちが突然現れた。正面に立つのはスーツ姿の、小柄で事務的な顔をした男一人、それから周囲に三人。黒っぽい作業着姿で屈強な体格、恐らく陸軍の軍人であろう男達が囲みこむように立っていた。その中の一人は減音器の付いた小型サブマシンガンを構えていた。
「突然のご無礼を失礼。我々とご一緒いただけませんか? できることならば二方には怪我を負わせるような事態にはしたくないと思っておりますし、我々も事を荒立てるようなことはしたくないと考えております」
それからその男はマルティグラのほうに向かって静かに言った。「同業者であれば、言わずとも細かいことはお分かりかと思いますが」
マルティグラは返事の代わりに、その場に荷物を下ろした。いざとなれば銃を取り出すためだった。
しかし、マルティグラより先にレペンスが口を開いた。
「不躾だな、君たち」
「待ってください、ここは私が」
「構わんだろう」彼女はマルティグラを遮るようにして言い放った。「こんな大人数で囲んで、騒ぎを起こす気が目に見えている」
「お嬢さん、口が過ぎますね。どのみち選択の余地は無いが、まあご安心を。殺すなということは指示されてますので」
男はそう言って三人に目で合図を出した。するとレペンスは、一歩後ろに下がった。
とその時、後ろに立っていた男三人は声にならない声をあげたと思うと、まるで溺れてるかというように苦しそうにもがくとその場に倒れ込んだ。
「どうしたんだ!」
事務的な顔の男は拳銃を取り出そうとしたが、銃に手を当てがったところから動かせなかった。
「ど、どうなっている?!」
彼の手はまるで押さえつけられているかのような状態だった。先ほどまで冷徹でいた男の顔には明らかに戸惑いの表情が浮かんでいた。
「私のことを知っていたのなら、想定できなかったのかね?」
それはレペンスの仕業だった。彼女はものに触れずにものを動かすことである。相手の喉だけを締めあげるとこともできたし、相手を押さえつけることも手の届くような距離であれば可能だった。そしてスーツ姿の男もその場で気を失った。
「彼らは気絶しただけですか?」
マルティグラは唐突なことに戸惑いながらも彼女に聞いた。それから襲撃者たちが息をしていることを確かめた。
「ちょっとばかし気管を塞いでやっただけのことだ。酸欠になっただけだろう」
「よくもまあ……そんなことができますね」
「医学を少し学んでいれば、人にいくつ急所があるか見当がつくというものだ」
「とにかく先を急ぎましょう」
「そうだな、こいつらが目を覚ます前に」
二人は足早にその場を後にしてホテルへ向かった。タクシーを待つ間にマルティグラは自分の荷物をまとめた。
駅へ向かう大通りに出た時、タクシーが急停車した。車のクラクションが通りに響いた。
「どうしました?」
「あれだよ。なにごとだ、ありゃ」運転手が言った。
深緑色の軍用ジープが車列を先導して通りを進んでいった。ジープの後ろには機銃まで備えた装甲車、さらにその後ろには軽戦車が何両か続いていた。ボズロジデニア共和国軍の部隊だった。中には砲塔にしがみつく様に何人かの兵士を乗せたものもいた。近くを歩いていた市民も足を止め、いぶかしげに車列が通過するのを見ていた。ディーゼルエンジンの音と排ガスをまき散らしながら車列は通過していった。
「今日はいろんなことが起きるな」レペンスがつぶやいた。
「もしかすると、大変な一日になりそうですね」




