4.4
博士はコーヒーを飲みながら応接のソファーに座りくつろいでいた。一方の大尉はタバコをふかしながらデスクに溜まった書類に目を通したり、不慣れな手つきでタイプライターと格闘していた。デスクの上に置かれた未処理、未閲覧と書かれたケースにはまだ書類が山積みの状態だった。日も傾き始めたころ、事務所の出入口のドアが開く音がした。
「よし、誰か戻ったな」
書類をめくる手を止めてつぶやいた。
「来客かもしれんぞ」博士が横から茶化すように言った。
「いや、この足音は伍長だな」
革靴ではなく重いブーツを想像させる足音だった。
「よう! やっぱり伍長だったか」
大尉はデスクから身を乗り出してその人物の姿を確かめた。
「これは大尉殿! 戻っておられたのですね。お疲れ様であります」
そこにはグレー色の作業着姿で背が平均より低く、やや童顔でごく平凡そうな表情の男が軽く敬礼をして立っていた。
「ベローダ博士、紹介しよう。伍長だ。ジャーク・ドシール伍長。まあ伍長ってのは空軍時代の話だが、ニックネームにはふさわしいだろ。諜報局の優秀な職員の一人で、東部支部の専属パイロットってところだな」
「大尉殿、こちらの方は……」
「ベローダ博士だ。最重要人物。これから首都へ護送することになる」
「初めましてドシール伍長。私はゲヴィーセン・ベローダだ」
「こちらこそ、ジャーク・ドシール伍長であります」
二人は握手をしながら挨拶を交わした。
「それで、急なことであれなんだが……」大尉は挨拶の間に割って入った。申し訳なさそうな口調だったが、どこか芝居がかった様子で「一つ頼み事で、ここから先は伍長に引き継いでもらいたいんだな」と続けた。
「何事でありますか?」
伍長は思ってみなかったようである。
「まあ、大げさに気を張る必要はないさ。いつも通りに振舞えばいいってことよ」
「なんだね? 結局のとこは私を連れまわした挙句、部下に丸投げというわけか。それとも君はほかに用事でもできたのか。書類を見るだけで暇そうにしていたくせに」
博士は突然のことに憮然とした様子をみせた。。
「おいおい、あんまりな言い方じゃないか。こっちだって仕事でやってんだ。それに人一人でできる仕事の量だって限度ってもんがあるんだぜ。お分かりかい? 問題は待ち時間があるってことだ。わが同僚のファリード・マルティグラはこちらに連絡するのを忘れているようでね。まあ細かいことは話せないが、そのせいで俺は今ここを離れるに離れられない状況ってわけさ。こちとら仕事に順序ってもんがあってだな、時計を見て時間通りに事を進めるわけにはいかんですのわ。銀行員なんかとはわけが違うんでね」
「事情あってのこと、ということか。一言で言うならば」
「そういうことさ。理解が早いじゃないか」
だが博士は、大尉の様子にどことなく不服そうに眉をひそめていた。
「伍長、このお方を首都まで無事に案内してやってくれ」
「アファルソエソルまでということですか、自分の操縦でありますか?」
「いや、いま二人乗れるような航空機が手配できなくてな。飛行船のチケットを手配してやったぞ」
大尉は素早く自分のデスクに取って返すと、封筒に入った二人分のチケットを突き出した。
「よい空の旅を、ってことか?」
博士が横から言った。
「そういうこと」
それから大尉は伍長の方へ向き直った。
「首都に着いたらいつもの私書箱を覗けばいい。おそらく指示書があるはずだ。俺は後から追っかけるよ」
「承知しました! 大尉殿」




