1.1
トレギシェ村はエスペランザ地方の北側に位置していた。村とはいっても大規模な農地を抱えた比較的人口の多い場所で、よくある寒村とはわけが違っていた。そして当時は、荷物の梱包用の緩衝材として使われていたシロツメクサの栽培が主要産業であった。
トレス・レペンスは村の中でも裕福な家庭で育った。帝国軍人のクーンハイト・レペンスと農場主のヴィエラ・ガローズの間に生まれた。赤みの強い髪色は母親、アンバーの瞳は父親譲りだった。
彼女が自身の持つ能力に気付いたのは物心がついたころだった。はっきりと自覚するようになったのは初等教育学校――一般的なところにおける小学校――に入ってからのことだった。両親は早くから自分たちの娘が持つ不思議な能力に気付いていた。もちろん、両親もそんな能力など持ってもいなかった。それに、お互いの家系においてもそのような話も心当たりも無かった。
トレスの父クーンハイトは、軍医であり科学全般にも教養のある兄ゲヴィーセンを頼ることにした。この事態を科学的視点からとらえようと考えたのだった。一方で母ヴィエラは村の教会に出向き、牧師に事のあらましを相談した。自分の娘の能力が悪魔の所業によるものではないかとひどく心配したのだった。
トレギシェ村の若き牧師アフェットは、トレスを連れて教会に訪れたヒステリー気味のヴィエラ・ガローズにゆっくりと語りかけるように話しかけた。
「落ち着いてください……子供は見ています。親が取り乱していると子供は不安を感じるものです」
ただアフェット自身も、まだ言葉を話すのもおぼつかない幼子が手も触れずに服の袖を引っぱるのを見ると驚きの表情を隠せなかった。神が与えた能力か、それとも悪魔の仕業なのか……アフェットも判断しかねた。
「ひとまず、見守りましょう」それだけ言うのが精いっぱいだった。
一方でクーンハイトの兄ゲヴィーセンは自分の姪っ子が変わった能力を持っていると、弟からの手紙で聞くとすぐさま村に駆け付けた。
「何とも言えないな」ヴィゲーセンは言った。「今のところトレスの念力と言っていいのか……ともかく、この謎の力は触れずに服の袖を引っ張ったり、近くのもを動かしたりといっただけかい?」
その問いかけに二人は黙って頷いた。
幼いトレスはただ無邪気に笑って周りにいる大人たちを見ているだけだった。
「これは、姪っ子がちゃんと言葉を話せるくらいにならないと分からないかもな……」