4.3
クリル半島を出発してから二日目の午後だった。大尉と博士はパラムレブ連邦東海岸の都市アルサロペに到着した。さすがに地方都市だけあっても、午後の昼下がりとなれば駅前の人通りはまばらだった。
「まあ、歩いて行こうや。そんなに遠くじゃないぜ」
大尉はそれだけ言うと通りを進みだした。
「出迎えも送迎の車もなしか?」
博士は横に並びながら続いた。
「またまた、真面目腐った冗談を言うのはよしてくれ。そんなことするのはお偉方がきたときだけさ」
「つまり、私はお偉方ではないわけか」
「ああ言えばこう言うだな。まったく。重要人物ではあるに違いはない。ただ、予算の都合だな」
そうして五分ほど通りを歩き続けた。
「さて到着だ。ここが支部だ」大尉は言った。
目の前にあったのは明るめのカーキ色で塗られた四階建、正面入り口は中央にあり通りに面していた。都市部ならどこにでもありそうな外見をした建物だった。
「なんだ、ここなのか? ただの雑居ビルのように感じるが」
一階と二階は事務所風になっていてそれから上階がアパートと思しき外観だった。
「まあまあ、それがいいってもんよ。だれも諜報部の支部だとは思わないだろう?」
「実際そうだといいがね」
「ホントだとも! 噂によると、もっとましなビルを使うはずだったらしいが予算の都合でこうなったらしい。細かいこと言うと支部というより諜報員たちの休憩地、あるいは物資補給所という感じだな。ちなみに上階はちゃんとしたアパートで、一つは俺の部屋だ。職場まで徒歩0分。それに部屋は小奇麗でシャワーもバスタブも文句なし、あと家具と蒸気暖房付きだ。しかも通りの向かいにはおしゃれなカフェがあるときた。単身者には贅沢過ぎるくらいだぜ」
「そりゃ、よかったな」
博士は淡々とした様子で応えた。
それから二人は正面から入り、二階の事務所へ向かった。
二階の事務室風の入り口ドアは閉まっていた。
「どうも今日は誰も出払っているようだな」大尉はつぶやくと、慣れた手つきで入り口のドアを解錠した。「やれやれ、やっと一息つける」
そう言って大尉は上着を脱いで手近なデスクの上に放り出した。
「ずいぶん大げさなホルスターだな」博士は大尉の後姿を見て言った。
ショルダーホルスターには背中の腰のあたり、四角い形状から細い銃身がつきでたスタイルの大型拳銃が横向きにおさめられていた。
「これか?ずいぶん長い付き合いさ。軍で狙撃手をしていた時から使ってる。お守りみたいなもんさ」
大尉はホルスターから取り出して見せた。現在主流の自動拳銃と違い、引き金の前方に弾倉があった。しかも大尉が持っているのは連射と単発が切換え可能なモデルで装弾数は十発、もしくは二十発が交換式の弾倉で装填できた。最新の拳銃と比べれば重量も大きさもかさばる代物だが、ひと暴れするには十分に用を果たすはずだった。
「一応、局から支給される銃も持ってるが、ありゃデスクの引き出しに仕舞いっぱなしだな」
「君はこだわりが強いようだね」
「今にはじまったことじゃない。まあ、コーヒーでも入れるから、適当に座ってくれや。あっちに応接のソファーがある」
「それはそうと、これからどうするんだ?」
「ひとまず小休止だ。ともかく部下の‘伍長’が帰ってきてからだな」




