4.2
大尉とベローダ博士の二人は、駅から列車に乗るとクリル半島を離れるように南へと向かった。木造客車、ボックスシートで車内の乗客は比較的まばらだった。二人は向かい合わせに座り、大尉はおしゃべりをやめて先程から書類を読んでいた。
「君は諜報局の人間なんだろ?こんなとこに書類を持ち出してみていいのかい?」博士は大尉に訊いた。
「これか。こりゃ仕事の書類じゃなくて俺の人事評価書だ」大尉は書類をひらひらさせて見せつけた。「仕事前に事務からこっそり持ち出してきたんだ。ついでに言えば過去の給与明細もある」
「君はふざけた態度をとるのが好みのようだね」博士はあきれた様子だった。
「別にそういうわけじゃないが……真面目腐った態度をするのが嫌いというだけのことさ。それにそうしていれば相手が油断するってもんさ」
「君の上司にとっては頭痛の種かもしれんが。なるほどね、そういう手と考えるのもいいかもしれん」
それから大尉は唐突に真顔になると博士に言った。「そういや、ドミナーレ重工がどうしたんだ?」
「何がだ?」
大尉はベローダ博士の目の動きを見逃さなかった。
「そういや、俺があんたんとことの家に行ったときドミナーレがどうととかって、言っていたような気がする」
「いや、気のせいだろう……」
「そうかい? 大企業のことかと思ったんだがねぇ」大尉は書類をわきに置いて続けた。「それはそうとベローダ博士、軍医というのは肩書の一つに過ぎないんだろう?」
「どういう意味だ」
「まあ……」フィエルは肩をすくめた。「言葉のままさ。他にもあったんだろうか? ってことさ。俺は過去の機密資料の第二級閲覧権限を持ってるからな」
「それなら聞くまでもないだろう」
「確認してみただけのことさ。なんだよ、別に取り調べして逮捕しようとかそういう話じゃないぜ」
博士は何も言い返さなかった。
「まあ、いいさ。俺にとっちゃそこら辺は本質的なとこじゃない」
大尉はつまらなさそうに言うとまた書類の続きに戻った。
そして二人はパラムレブ連邦西部では最大規模の都市アサトルクヘまで移動した。アサトルクヘの中央駅は都市のど真ん中にあるだけに行き来する人たちで混雑していた。
「これはアルサロペ方面行きじゃないか」
ベローダ博士は手元の切符と目の前にある表示板の列車の行き先を交互に確認しながら言った。アルサロペは西海岸地域にある都市である。もちろん首都とはまったく反対の方向であった。
「まあまあ、ことを急ぐことなかれってな」
「もう一度聞くが、首都へ向かうんだろう?」
「そうさ」
「だったら向こうのホームに見える長距離列車に乗るべきじゃないのか」
視線の先には首都アファルソエソルに向かう列車があった。
「大陸横断に鉄道はつかわない。アルサロペには空軍基地もあるし、諜報局の支部がある。できたばかりのところだが、ついでに言うと担当責任者を任されたのは俺というわけだ 。ちょっとそこにも寄り道したいんでね。それと、これは大事なことだが、正直なところ俺は列車が苦手だ。一晩くらいなら我慢できるもんだが、乗り物酔いは勘弁だね」
「なるほどね。それでつまり、空軍に知り合いにでも頼もうということか」
「ご名答。学生時代からの知り合いもいるんでね。細かいことは着いてからのお楽しみだ」




