4.1
パラムレブ連邦の北東部、大陸から北極圏に向けて伸びるクリル半島は、一年のほとんどを通して全土が雪に覆われていていた。しかしながらも油田の宝庫として、採掘工場と多くの労働者たちを抱える都市が繁栄していた。その街の郊外からほど近く、雪原を目の前にして一軒屋がぽつりと建っていた。今そこへ訪問者の姿が一人、ゆっくりとした足取りで玄関先にやってきた。国防軍諜報局の諜報員フィエル・ウルバノ大尉だった。
「はぁ、クソ寒いねぇ」ウルバノ大尉は白い息を吐きながらつぶやいて、小屋の玄関先に立った。
「どうもこんちは!ゲヴィーセン・ベローダさんいらっしゃる?」彼は少々乱暴にドアをノックした。
「手紙でお知らせしたレスフリアードの代理の者です」
だが数分待つも反応はなかった。ドアノブに手をかけると、鍵はかかっておらず簡単にドアは開いた。フィエルはゆっくりと中へ入った。
そのとき「約束の時間通りだな」という声とともにドアの陰から初老の男性が大尉に向かって散弾銃を突きつけてきた。
「それで、貴様は何者だ?私の友人は直接来ると思っていた。ここいらでは見ない顔だ。もしやドミナーレの手先か」
「何のことだか……」唐突な事態だったが、大尉は手慣れた様子で構えていた。
「とぼけるな」
「まあまあ、とにかく俺は敵じゃないぞ」
「それを証明できるか?」
「さあ、どうだかねぇ。身分証でもみせろってか? でも、そんなこと聞くやつに見せたところでしょうがないだろう」
「それも、そうだな」
「一応言っとくが……俺はフィエル・ウルバノという者だ。大尉の階級を持ているが、今は諜報局のエージェントをやってる。俺の上司で、あんたの友人であるドブレズ・レスフリアード局長に頼まれたってわけよ。ここに来たのは。こんな出迎えを受けるなんて聞いてねぇけどよ」
「ドブレズか……直接会えると思っていたがな」男はどこか懐かしそうな声で答えた。
それから男は銃を下げた。大尉も相手が警戒を解いたと思って楽に構えた。
「仕事が忙しいのさ。管理職ともなると書類仕事のほうが多いとみえた。現場なんぞに出る暇はなさそうだ。というわけで俺が代わりに来させられたってわけさ」
それから大尉が煙草を取り出して一息つこうとしたとき、男は銃を投げつけると玄関から飛び出した。
「おい、待て逃げるなよ!」
ウルバノは大声で呼び掛けながら追いつくと後ろから飛びかかった。
「クソったれ!」
男は素早い手つきで上着のポケットから小型拳銃を取そうとしたが「そんな物騒なものは仕舞っとけ」大尉は平然としていた態度で銃を払い飛ばした。
「この距離なら、君の頭に確実に当てられると思ったがね」
「この手の状況には慣れっこでね。それにしても帝国軍人は退役しても鍛錬を怠らなってか?」
男は勘弁したようだったが、大尉は構わずしゃべり続けた。「久しぶりに現場仕事任されたと思ったらこれだ。雪道を走るのは好きじゃなんでね。それと俺があんたを殺す気ならもうとっくに殺してる。あんたほんとにゲヴィーセン・ベローダさん?」
大尉は力を込めていた手を緩め、ゆっくり立ち上がると服に付いた雪を払い落した。
「ああ、そうだよ。だとしても重要なのはそこではなさそうだな。大尉、君の目的はなんだ」
それを聞いた大尉はお待ちしてましたというような得意げな様子で「自分の姪っ子さんに会いたいとは思わないのか?」と言い返した。




