3.7
「そうは言っても、いつまでこの屋敷にとどまって私の説得を粘り強く続けるつもりだね?」
「何がです?」
マルティグラは聞き返した。
「もう外は夜だ。さすがに君を屋敷の外に追い出すわけにはいかないだろう? 夜道を帰るというなら引き留めないが。この屋敷に客人用の部屋はもちろんある。どうする? 君を泊めることに躊躇いはないが、ベッドメイキングは自分でしてもらうことになるぞ」
「構いませんよ。ご面倒をかけるつもりはありません」
その晩の真夜中、マルティグラは慎重な足取りで部屋を出た。部屋は二階の一番端のところだった。音を立てないようゆっくりとした足取りで屋敷の中を進み始めた。トレス・レペンスのいる部屋は二階の階段横だった。足音を立てずに階段を降りると周囲を一通り観察した。目的とするところはベローダ博士が使っていた書斎であった。慎重に一部屋ずつ中をうかがってまわるつもりだった。
早速手近な部屋から見ようとした矢先だった。
「こんな夜更けに何をしているのだね?」
突然声をかけられてマルティグラは驚いて振り返った。そこにはランタンを片手に持ったレペンスの姿があった。
「気づかれないよう心がけていたのですけどね」マルティグラは苦し紛れに言った。
「バレバレだ。静かな夜だから気配でわかる。それとも私を試しているのか?」
「では、そういうことにしておきましょう……」
「まったく。君は礼儀というか、時間というものを少し考慮してみてはどうだね?」
「ええ、精一杯のつもりですけど……。これは職業病みたいなものです。それより貴女も起きてらしたのですか?」
「そうだ」彼女はきっぱりといった。「書き物をしていた。それと考え事も」
「眠くなりませんか?」マルティグラは話を逸らそうとした。
「寝る時間など四時間か五時間くらいあれば充分だと思うが」
「羨ましいですね。私は寝不足のときも多々ありますから」
「だったら部屋に戻って休め」トレスは突き放すように言った。
「ですが……」
「用があれば直接言え。君は話をはぐらかすのが得意なようだね」あきれたような口調だった「まあ、こちらは嫌がらせをするつもりは毛頭ない。ただ夜もすっかり更けている。私はもう寝る。君も休みたまえ」
「では、ベローダ博士の……」
言いかけたマルティグラを遮った。
「すべては明日の朝に!それと出発もだ」
「ほんとですか」
唐突の返答だった。
「いいか、政府に協力すると決めたわけではない。君があまりに仕事熱心なようだからその態度に応えようというまでのこと。とりあえず首都アファルソエソルに出向くまではしてやろう。後のことはそれから考える」
「理由はともかく、首都まで護衛するのが私の仕事ですので」
「じゃあ、おやすみ」トレスは背を向けながら言った。
二人はそれぞれの部屋へ戻っていった。




