3.5
しばらくのあいだ、二人のあいだには沈黙が流れていった。そして向かい合う二人の間に窓からオレンジ色の夕日が射し込んできた。雲が晴れたのかそれとも束の間のことか、ともかく夕刻が近づいていたようだった。
次はレペンスが沈黙を破った。
「マルティグラ君……」彼女はとってつけたような笑みを浮かべた。「小難しい話はこのくらいで一旦やめにしよう」
「そうですか」マルティグラは返事をしつつ、彼女の次の出方をうかがった。
「客人にもてなしがなにも無いというのは流石に不躾だと思うのだ」
そのレペンスの唐突な発言にマルティグラは少し拍子抜けした。
「まがりにもそれなりに、もてなしは受けているような気がしますが……」マルティグラは銃を向けあっていた時の事を思いながら皮肉っぽく言った。だがレペンスは気にかけていない様子だった。それから彼女はスッと立ち上がり、「紅茶と珈琲、好みはどちらかな?」と訊いた。
「まあ……みたとことろ紅茶派とみたが、どうかな?」
「そうですね。どちらかというとそんなところです」
「はっきりとしない答え方だね」
「それでは、紅茶をいただきましょう」
マルティグラはそれでもまだ訝しげな表情であった。するとレペンスは「心配するな。普通の紅茶を用意する」と、悪戯っぽい口調で言った。
「しばし待たすぞ」
そう言って彼女は部屋をあとにした。
マルティグラは大きくため息をつくと脱力した思いだった。
「これは先が思いやられる様な気がしますね……」
ぼそりと呟いた。機密情報を探るわけでも重要人物の捜索でも、ましてや破壊工作でもなく、一人の人物を首都まで連れて戻るというだけの任務にも関わらず、先行きに不安がよぎる思いであった。
「薬品を個人で作るだけあって聡明な人物であるとは予想してましたが、斜め上過ぎですね」
マルティグラは誰にというわけでもなく独り言を言った。それからその続きを頭の中で続けた。それとも彼女の伯父であるベローダ博士の影響、あるいは入れ知恵でしょうか? 流石に、旧式とはいえ銃を手近なところに置いておくとは……女性だからと油断してました。
彼はどうにも、トレス・レペンスという人物の扱いに手を焼きそうな予感がすると思った。




