3.4
しばらく二人の間には沈黙が漂っていた。
マルティグラはまのあたりにしてる、この事実に頭の中が少しばかり混乱をしていた。しかしこの屋敷を訪れた目的はこのことではなかった。
彼は深呼吸をして、また話し始めた。
「もっとも本題は……私が屋敷を訪れたのは、貴女の不可思議な能力が目的ではありません」
「そうなのか? では、なにが目的なんだね」レペンスは眉をひそめた。
「実のところ、我々が重要と捉えているのは貴女の行なっている薬品製造のことです」
「屋敷の裏の、温室にある薬草のことか」
「そうです」
それを聞いた彼女は軽く鼻で笑った。
「それが何だというのだね」
「その中にはアルカロイド系薬物もありますね。一般的にそれらには麻酔と鎮痛作用のあるものです」
「ああ、そうだ。地元の医師や薬剤師たちには定期的に納品している」
レペンスはさらに疑問の表情を浮かべた。
「それにしても、なぜ? 戦争に私の作る薬草がいるというのか?」
「より残虐になるつつあるからです。高性能な小銃は言うに及ばず、機関銃、迫撃砲、戦車、それに地雷や毒ガスといった兵器。戦場では死者より負傷者の方が、はるかに多くなっているということは、先の戦争が証明しました」
「何が言いたい?」
「野戦病院での治療に必要なのです」落ち着いた様子で続けた。「鎮痛剤が必需品となった今、大量生産のための知識や技術が必要です。しかしながら現在、ラレイユ大陸で大規模栽培は現状、可能な状況ではありません。麻酔薬の原料はほとんどがオワム大陸からの輸入です。トーワ帝国では大量生産に成功している模様ですが、ノウハウはそう簡単には手に入らないというのが実情です」
「なるほど……」
「そのような中、貴女のこの屋敷では少量とはいうものの定量的にアルカロイド系薬物の原料となる植物を栽培生産している。この技術を発展させればラレイユ大陸でいち早く大量生産ができるであろうと政府や軍部は考えているのです」
「もともとは私の伯父がしていたことだ……」彼女は他人事のように言った。
「ゲヴィーセン・ベローダ博士ですよね。資料をみた限りでは軍医としても優秀だったようです」
彼女はマルティグラが伯父の名前を出してきたことに驚いた表情をみせた。
「伯父のことを知っているのか?」
「ええ、調査は私の仕事の一つですから」
「それにしても、軍医をしていたというのはほんとうか?」
「ええ、ご存じではなかったのですか? 博士はルガ帝国時代にはそこそこの軍医だったようです。ただ帝政崩壊の混乱期に行方不明となり研究していた医薬品も失われた。と思われましたが、苦労して調べた結果、ここにあるのがその研究であることが分かりました。そして私が今ここにいるわけです」
「私の知らないことも知っているようだね。伯父が軍医だったのは知らなかったよ。医学研究の仕事をしているのは当然だったが……」
そこで彼女は大きくため息をついた。
「ただ、愚かなで合理的でない話だな。セトハウサとの戦争は終わったのではないのか」
「貴女が考えるほど国家間の問題は簡単ではありません。そもそもあの戦争はセトハウサが始めたものですが、未だに賠償問題で揉めてます。さらに三国仲介を行なったエテク共和国、ボズロジデニア共和国、ノートラール国それぞれも利害関係にあります。特にエテク共和国の動向は注視する必要があります。また戦闘の可能性があれば、備えるしかありません」
「そんなことより、戦争を防ぐことに熱心になればいいではないか」
レペンスのその一言にはマルティグラは何も言えなかった。




