3.3
マルティグラはそれとなく観察していた。彼女は右手だけに白い手袋を着けていた。マルティグラはそこに視線を向けたまましばらく考えていた。トレス・レペンスの医療記録には右腕切断とあったのはしっかり覚えていた。そしてなにより、銃を構えていたのは右手……。仮に義手にしては、動きがあまりにも繊細で自然だった。もしかすると、この人物は本人ではないのでしょうか? 彼は訝しく思った。目の前の女性は自身をトレス・レペンスと名乗っていた。その様子は嘘をついているようにはみえなかった。
「一つ気になるのですが」マルティグラは口を開いた。「貴女は本当にトレス・レペンスですか?」
「質問の、真意が分からないな」レペンスは即答した。
「その……右腕があるということが不思議でなりません。とても義手ではないでしょう?」
「どうして、そんなふうに思うのだ?」
彼女は表情変えずにファリードのことを真っ直ぐ見ていた。
「いえ、これも仕事なので、いたしかたないことなのですが……。貴女について幾つか調べさせてもらっただけのことです。医療記録では過去に右腕を切断とのことでしたね? てっきり右腕が無い女性だと思っていましたから」
ファリードは簡潔に答えた。彼女の眼力からすると、仮に誤魔化したとしても見抜かれそうだと思った。
「なるほど……見事な、仕事ぶりだな」彼女は特に気にもしていない様子だった。「たしかにそうだ。それにこの右腕は作りもの。義手だよ。本物ではない」
彼女は右手を上げてみせた。
「ただですね……仮に義手だとしても、それほど人の腕と変わらぬ動きが出来るものとも思えません」
「そうかな?」レペンスは少し躊躇いがちに言った。「君がそこまで知っているのなら、私の持っている能力についてはどうだろう?」
「私としてはその情報は眉唾だと思っていますけどね」苦笑をみせながら答えた。「トリックか何か、あるいはペテンを掛けたと思っています」
「そうか……」彼女はゆっくりと右手の手袋を外しにかかった。「これを見てからでもそういうのか?」
マルティグラは彼女の右腕を目にして呆然とした。右腕の肘から少し先、そこにあったのは真鍮や銅と思われる金属類、それに木目のはっきりした見るからに硬質な木材、それに革も用いてつくられた精巧な義手であった。どれも光沢のある仕上げがなされていて、職人に造らせた雰囲気をみせていた。
「ほ、ほんとうに義手……なのですか」
「そうだ」
「いや、だとしても……」マルティグラは少々混乱した様子だった。「ですが、まるで本物の腕とと変わらぬ動きをしているじゃありませんか! 現代の技術でそんな芸当ができますか」
彼女はその右手を動かして見せた。手首や指先は、常人のそれと変わらない、滑らかな動作をしていた。
「あるいは、何か精巧なメカニクスが仕込んであるのでしょうか?それとも、そう偽っているだけで本当は腕に被せものをしているだけではないでしょうかね?」マルティグラはまくし立てるような口調で話した。
「そんな凝ったものも、腕も無い。確かめてみるか?」彼女は落ち着いた様子で義手を外すと、左手で彼の目の前に差し出した。
マルティグラは慎重に義手を手に取った。ゆっくりとつぶさに観察したが、歯車はおろか、バネさえ入っていないことを確かめた。ただ、関節部分は巧妙でかなり上等な作りのヒンジや継ぎ手で取り付けられていることは事実だった。
「中は空っぽですね。いったいどうやって動かしているというのです?」
「君が眉唾だといったことではないだろうか」
彼女は「さあ、どうだ」とでも言いたげな表情で彼を見つめていた。
「これでもまだペテンだとおもうか?ファリード君」
「物に触れることなく物を動かす、念力が……」
「存在する。少なくとも、ここに一つの事実として」




