3.1
パラムレブ連邦とセトハウサの戦争は終わった。しかしながら三年経った今でも、停戦協定からそれ以上の進展はあまり見られなかった。
パラムレブ連邦国防軍諜報局の職員の一人、ファリード・マルティグラは南部の都市シスタルービに向かう列車に乗っていた。シスタルービはパ連邦とボズロジデニア共和国の国境を跨ぐ大都市で、セパッサホル山脈の南側の麓付近に位置していた。そのあたりにはボーキサイトが産出する鉱山が点在していた、アルミニウムの精錬技術が確立され、その需要が増えるにつれてからはさらなる発展を遂げていた。
列車に揺られながら、マルティグラは任務について局長から呼び出された時のことを思い起こしてた。先週のことだった。週末の日、報告書をまとめ終えて帰ろうかというその時だった。直属の上司であるドブレズ・レスフリアード局長に呼び出されたあげく、「君にはシスタルービに向かってもらう」と告げられたのであった。
「シスタルービといえば、たしかボズロジデニア共和国との国境沿いにある都市で、鉱山開発でにぎわっているところですね」
「そうだ、ボーキサイトで大賑わいだよ」
突然に任務を言い渡されるのは慣れたものだったが、今回はどうにも違和感を覚えた。ファリードは国境沿いや国外での活動は担当ではない、いつもなら国内の都市が活動の場だった。
「なんだか、いつもと様子が違いますね」ファリードは思わず訊ねた。
「ああ、今回は大変だよ。ほんとなら別に適人がいるはずだがね」苦笑を浮かべていた。
「何かあったんだすか?」
「なに、身内のゴタゴタだよ。人事整理でいま大変なんだ。戦争が終わっても大忙しだな」
局長はそこで言葉を区切ると仕切り直した。「さてと、本題だ。まずは資料を見てくれ」そして分厚い紙の束をテーブルの上に出した。
ファリードは資料を一読すると「つまりは、このトレス・レペンスという女性を無事に連れて戻ることができればよいわけですね」と、一言にまとめて答えた。
「そうだ。シスタルービのにある屋敷というのは、もともと我が軍の軍医でもあったベローダ博士の住んでいた場所なのだが今は彼の姪にあたるトレス・レペンスなる女性が住んでいる。そしてその女性が博士の研究を引き継いで、かつ生業にしていると考えられる。資料にあるように麻酔の類や治療薬は非常に有意義なものと考えられる。研究自体は価値あるものだ」
「資料をみるとかなり膨大な量に思いますが、そんなに上手く引き継ぎが行なわれているんでしょうか?」
「その点は証拠があるといってさしつかえない。事実、屋敷から薬品を取り寄せている医者や業者がいることは確認している」
「ちなみにこの女性、資料には‘特異な能力を持っていると思われる’と書かれているのですが、なんです?」
「ふっ、なんでも、その女性は念力が使えると噂があるんだよ。参考までの情報だ」
「念力……ですか?」ファリードは眉に皺を寄せた。
「私もどこまで信じていいのか、分からんがな」
「その、右腕が無いということと何か関係があるのですか?」
「医療記録は残っているが、背景は不明だ。ただ当時セトハウサとは交戦中だったし、なにがあっても不思議ではない。まあ仮に念力が本物だとして君が返り討ちにあうようなことが無いといいがね」
「局長にしてはなかなかのジョークですね」
二人とも軽く笑い声をだした。
「ともかく重要なのはベローダ博士の研究だ。それを知り尽くしていると考えられる彼女をなんとしても連れて戻るのだ」




