プロローグ
ラレイユ大陸の中央部からやや西よりに位置するエスペランザ地方は、大陸北部の大国パラムレブ連邦領内にあり、南部はセトハウサ国と国境を接していた。かつてパラムレブ連邦が帝政時代――つまりはルガ帝国――であったころから、その地方の帰属をめぐる紛争が続いていた。
もっとも酷かったのは帝政時代の末期、この地域に鉱山資源があることが分かったときであった。それでも地方のはるか南ではあったが、国境沿いでは双方の部隊が睨み合った。ルガ帝国は軍の大部隊を派遣したが、セトハウサ国軍は当時新鋭の無煙火薬と金属薬莢を使用した小銃を戦線に投入して応戦した。一部では旧式の先込め式の小銃を使っているような状況の帝国軍はその連射性能の差を目の当たりにして敗走せざるを得なかった。だが帝国側も簡単にあきらめるわけはなかった。塹壕やトーチカといった硬い守りを築いた。こうなれば、あっという間に事態は泥沼と化し、数日で終わると予想された戦闘は何週間、何ヶ月と延びっていた。
さらに、悪いことは重なるものだった。もともと市民の間で政治体制に対する不満がくすぶっていたルガ帝国であったが、戦争が長引くとそれに拍車がかかるかたちとなった。首都では連日市民が暴動を起こし、さらには待遇に不満を抱く一部の軍人もそこに加わった。戦争の決着がつく前にルガ帝国の政治体制が崩壊した。
とはいえ、これまでの歴史上の数多くあった王政の崩壊に比べれば、はるかにやさしいものではあった。すでに議会政治の基礎は確立されていた上、帝国君主自身が政治の舞台から身を引きたいと考えていたためであった。君主が絞首刑やギロチンにかけられることも、無政府状態になるという事態も起きなかった。政治体制の移行は迅速に行なわれ、優秀な外交官の努力により長引いた紛争はひとまずの停戦に至った。無論、エスペランザ地方の何割かがセトハウサ領として割譲されることになった。表向きはそれですべてが解決に向かうかのように思われた。ただ、停戦してからも双方の政治中枢においてはこの地方全土の領有をめぐり機会をうかがうことになるのだった。
それでもパラムレブ連邦が成立して二十年ほどが経とうかと言う時には、政治的には安定期に入っていた。エスペランザ地方に展開する双方の軍は睨みを聞かせていたが、長らく小康状態が続いていた。少なくとも一般の住民たちは平和な暮らしを享受してた。