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トレギシェ村駐屯地への攻撃が行われたその日の早朝、戦線の広域に目を向けるとセトハウサの陸軍はむしろ連邦軍に押されるような恰好であった。各地で一斉に戦闘が開始され、多くの陸軍の部隊は後退を強いられる状況になった。
さらに翌日、連邦中部にある空軍基地では幾つかの航空機があるなかで、ひときは目を引く五隻の大型飛行船が離陸をはじめていた。それらは全長が二〇〇メートル超、アルミニウム製骨格を持り、積載量は十トン近くになる。連邦内ではラングザム級と呼ばれる世界最大の硬式飛行船であった。この当時、飛行機は木枠に革張りという代物で、まだ偵察任務に導入が始まったばかりであった。当然のことながら連邦軍部は、この飛行船を撃墜することのできる高射砲や飛行機など存在しないと考えていた。これを利用して敵に爆撃を行なおうというのが軍部の考えた作戦の一つであった。もともとは民間向けに製作されたものだったが、戦争がはじまると、すでに大陸間連絡に使われていたものまで徴用されたのだった。連邦軍は空からもセトハウサを追い詰めようとしていた。
一方のセトハウサ軍も手をこまねいているわけではなった。連邦軍が巨大飛行船を持っていることは民間でも知られていたし、それに爆弾を積んで攻撃されるのではないかということは軍部も予見していた。そしてのセトハウサ空軍部隊の初任務はパ連邦の飛行船爆撃軍団の侵攻阻止であった。とはいえ飛行機は木枠に革や布張りでエンジンも非力、ともすれば高速で進む大型飛行船に追いつけない可能性の方が高かった。が、技術者たちはなんとかやってのけた。使い物になりそうな戦闘機を十機ばかりだが、作り上げたのだった。パイロット達の訓練時間も決して多くは無かったが、士気は高かった。
そしていよいよ、偵察部隊からの連絡が入ると空軍基地から一斉に戦闘機が飛び立った。
セトハウサ空軍迎撃部隊の隊長機は先陣を切り、飛行船に向けて機銃を撃った。しかし、まだ距離が不足している様子だった。どうにも弾は届いていないようだった。それに向こうからも機銃掃射が行なわれた。部隊の弾が飛行船にあたり始めたころ、ついに僚機の一機が被弾した。弾幕にまた一機がやられた。
「クソっ、弾切れか」隊長はぼやいた。
再度、機銃の引き金を引いたが手ごたえはなかった。が、機体はすでに飛行船とほぼ同じ高度に達していることに気が付いた。「我が国に爆弾を落とさせてたまるか!」
それから彼に躊躇いはなかった。先頭を進む飛行船のコックピットに向かって真っ直ぐ突き進んだのだ。彼が最後に見たのは驚きの表情を浮かべる敵飛行船の乗員だった。飛行船のコックピットは戦闘機もろとも吹き飛んだ。さらに積んであった爆弾が誘爆、炎に包まれながら飛行船はあっという間にバランスを崩して逆立ち状態となった。さらに、そこへ後続の飛行船が突っ込んだ。
パ連邦軍の飛行船の浮力に使われていたのは水素だった。これは勿論、酸素と混合状態で火がつけば激しく反応する代物である。分かりやすく言えば、攻撃を受ければ飛行船は炎上、最悪の場合は大爆発する運命にあった。たしかに水素の次に軽く、非可燃性のヘリウムを使うという議論は行われた。しかし、少しでも積載量を増やすためと、ヘリウムに比べてはるかに安価で入手しやすい水素を使うことになったのは当時としてはごく当然の成り行きだった。
二隻の飛行船は大炎上しなが急速に高度を下げた。そしてその途中でさらに爆発炎上。その衝撃は無傷だった他の飛行船も襲った。作戦の継続どころではなくなった。無事だった飛行船も、爆弾をその場で投棄すると反転を始めた。高度を上げ、速度を速めると来た方向へと逃げ帰っていった。




