2.4
月が闇夜に頼りなさげな明かりを与えていた。そして雲のない夜空が広がっていた。月明かりの下で動く人影は少し離れると闇に溶け込み、まったくと言っていいほど分からなかった。時刻は真夜中、日付が変わって少し経ったといった頃合いだった。トレギシェ村から一キロと離れていない南側でセトハウサ軍攻撃部隊の準備はほとんど整っていた。かねてよりここまでの移動は夜間に行なわれ、兵士たちは夜間の活動に慣らされていた。
「大尉殿、報告であります!偵察兵からの連絡では連邦の部隊は数名の見張を立てているだけとのことです」指揮所テントに入ってきた兵士が言った。
「よろしい」エンツシャード大尉は落ち着いた様子で応えた。「各部隊との通信も問題なしだな?」
「もちろんです」
「それでは万全の状態で待機するよう伝えてくれ。時が来たら指示を出す」
「承知いたしました!」そう言うと兵士は回れ右を出て行った。
基本的には夜戦というものは混戦となった時に敵味方の区別がつかなくなることから作戦としては不適である。だが大尉は頑として夜戦を決行させた。それは奇襲攻撃を確実なものにさせると言う意図もあった。いずれにしてもこの作戦が功を奏し、後に隻眼の名将と言わせることになるのだがそんなことは誰も知る由はなかった。
「さて、そろそろ開始といこう。照明弾の打ち上げてくれ」
大尉の指示はすぐさま伝えられた。照明弾はトレギシェ村の上空に向かって迫撃砲から撃ち出された。
パ連邦国防軍の駐屯地には夜にも関わらず、周辺の何カ所かに見張りの兵士たちが立っていた。とはいっても、これは外敵に備えると言うよりも物珍しさで住民が安易に近寄らないようにする意味合いの方が強かった。それに形式ばった規則によるところも大きかった。
駐屯地の指揮官はその時、自室があるテントの中で書類に追われていた。外が明るくなったことに気付いた。
「なんだ?こんな時間に何事だ」指揮官はテントの外にでると上空の眩しいほどの光源に眼が痛くなるような気分だった。寝不足気味の頭では何が起きているのか一瞬理解できなかった。直後、冴えわたるように事態を理解した。
「警報出せっ!」指揮官は見張り塔に向かって大声を上げた。
「敵奇襲っ!!」
だが、サイレンを鳴らす間もなく見張塔にいる兵士たちはセトハウサ軍の工学照準器を搭載した小銃を構える狙撃手の餌食となった。照明弾の明かりが消えかけた時、砲弾が次々と村に向かって落ち始めた。そのうち一発は運悪く(セトハウサ軍にとっては幸運にも)弾薬置き場の一つに直撃した。近くのテントで寝ていた連邦の兵士たちは自らの死に気付くとすらなかった。
「持ってきた砲弾は全部使い切れ」大尉は淡々と指示を出し続けた。
「予定通り砲撃が終わったら、装甲車一両を先頭に歩兵部隊を南側から進めろ。機関銃は陣地から援護……そのときがきたら、信号弾を上げる。それが本命の部隊が突入する合図だ」
このとき攻撃の主力部隊は既に村の北側に回り込んでいた。つまり部隊の移動を気付かれぬよう、暗い夜である必要があったのだ。
「南側からの攻撃に気を取られているうちに、主力攻撃部隊は村の北側から攻撃の第一波を加える。その後は敵駐屯地の側面を攻撃しながら南に移動し、南からの攻撃部隊と合流。追ってくるパ連邦の軍に攻撃を加えつつ、撤退する」
自軍の被害を最小限にしつつ、相手に最大限の打撃を与える。これが大尉の考えた作戦の全てだった。さらに私的な作戦も含まれていた。大尉自身と信頼する部下数名の一個小隊で村に潜入し、逃げ惑う住民の中からトレス・レペンスを見つけ殺害するつもりでいた。あの小娘が生きていたら戦場が大変なことになる……彼はその考えが頭から離れないでいたのだった。




