2.2
セトハウサ軍は撤退と同時に部隊を再編して守備体勢を整えつつあった。さらには各地の工場で兵器生産を急ピッチで進めていた。連邦が思っているほどセトハウサ軍は手負いの状態というわけではなく、それに国内ではパ連邦が和平提案を蹴ったと盛んにプロパガンダが流されており、連邦以上に国民も決して嫌戦ムードではなかった。
セトハウサ軍のトゥルー・エンツシャード大尉は戦線から後方にある軍司令部に呼び出された。
「エンツシャード大尉。世間では話題にもなっていないが……連邦の寒村での一件については、君の指揮能力について再考の余地があると一部の派閥から声が上がっていることは知っているね?」
彼を呼び出した幹部の執務室に入るなり、そう言われた。
「それに関しまして……十分に承知しております」大尉は淡々とした様子で答えた。
トレギシェ村の事件は、表向きは何事も無かったかのように事実を伏せられていたが、軍内部ではたった一発とはいえむやみに部下が発砲したことに対して指揮能力を問題視する声が無い訳ではなかったのだ。それと眼帯をしている左目のこともそれに拍車をかけていた。ともかく、司令部は仕方なく大尉の昇級を取りやめ、当面の内勤に充てることで事態の収拾を付けていた。
「そこでだ……これから退役のときまで、このままデスクに向かって事務仕事を続けるか、指揮官として戦線に返り咲くか、どうなるかは君次第だが、これはチャンスだ」
「それは、ありがたいことです」
そう言いながらも大尉は額に汗がにじむのを感じながら、どんなチャンスか分かったもんじゃないなと心の中で呟いた。
「トレギシェ村というところだったな?」
「ええ」
上司の口から直接、トレギシェ村という言葉が出たことに大尉は緊張した。
「そこは、私が……」
「分かっているよ。これは、君自身だけでなく、我がセトハウサとしても要となる作戦なのだ。トレギシェ村に駐屯しているパ連邦の部隊を壊滅させる! 君はその指揮を執ってもらうことになるだろう」
司令部はトレギシェ村に進駐したパ連邦軍の部隊に対する総攻撃作戦の指揮を、エンツシャードに執らせるのはどうだろうかと思案していた。作戦が成功すればエンツシャード大尉への疑念は払拭されることであろうし、仮に失敗したとしてもそれはそれで大尉を更迭する十分な理由になるためだった。
むろん、大尉自身も司令部のそのような考えに薄々気がついた。ただ、それよりも大尉の関心は再びあの村に行くことになるということだけだった。大尉は内勤という状況を利用してトレギシェ村について調べていた。もちろんレペンス家についても同様だった。あの小娘がペンを投げたときのことは、今でもはっきりと覚えていた。ただ、大尉はそこから大きく思考を飛躍させていた。あの能力がトリックでもペテンでもないとしたら。もし人為的に再現できるとしたら、砲弾の飛ぶ方向を途中で変えたり、塹壕に隠れる敵兵を遠くから締めあげることだってできるようになるはずだと。それは重大なことだった。戦場おいて脅威となることは容易に想像できた。パ連邦の政府や軍が、どこまでそれを知っているかは分からなかった。だが、セトハウサが手に入れることが出来ないのならば、いっそのこと消してしまった方がよいとも考えていたのだった。
それならば、これは又とない絶好のチャンスだった。




