1.10
セトハウサ軍の部隊は去った。村にはいつもの静けさが戻ったが、トレスの姿が見えないことに誰しもが気付いた。しばらくしないうちに村の住民総出で捜索が始まった。
最初に彼女を見つけたのは学校のクラスメイトの一人だった。トレスは農地を抜けて雑木林の入り口近くで、うずくまるようにして倒れていた。その手前の道には僅かに血のあとが点々と落ちていた。
「トレス!?」友人は血まみれで倒れている姿に動揺した。「みんな! 早く! ここにいるよ!」大声を上げて周囲に知らせた。
近くにいた大人たちはただならぬ様子の声を聞いてすぐさま駆けつけた。その中にはアフェット牧師の姿もあった。
アフェットは真っ赤に染まった右腕を抱えるようにうずくまったトレスの姿に軽くショックを受けた。「ああ、何ということだ。神よ……」思わず呟いた。
「まだ、息をしている!急いで医者のところに運ぼう」
他の一人がそう言いながら自分のシャツを裂くと止血を始めた。彼女の傷ついた腕に気をつけながら皆で担ぐと急いで医者のもとへ向かった。
村の医者はこれまでに大怪我の処置も経験があったが、銃創は初めてだった。それにトレスの怪我は目を背けたくなるような状態だった。
「うむ……これは街か都市の病院に連れていく方がいい。ここでは十分な処置はできん。おそらく輸血の必要もありそうだ」ひとまずの処置を終わらせると医者は言った。トレスはまだ息をしていたが、意識はほとんどない状態が続いていた。「これほどの怪我だ。感染症の危険も考えられるし……それにしてもひどい、セトハウサの連中は子供相手にも銃を撃つのか……」
トレスはよく持ち堪えていた。だが、村に一番近い街の病院につくころには高熱にうなされ脈も呼吸も乱れてた。
「これは……よく失血死しなかったものだ」
傷を見た病院の外科医は驚きなが言った。
「先生、私たちの村ではどうにもなりませんでした。ここでなら大丈夫ですよね?」
クーハイトは医者に詰め寄るように言った。
「無論、この病院で手術は可能です。しかし……」医師は言いにくそうだった。「もう腕は切断しか方法がありません」
「なんですって! そんな……先生、なんとかなりませんか?」
それを訊いた母親は懇願するような表情をみせた。
「難しいでしょう。もっと設備の整った都市の大病院なら何とかなるかもしれませんが、そんな悠長な時間はありません。傷口はすでに化膿しているし、一部は壊疽を起こしかけています。それに仮に切断をしなかったとしても腕が元の機能をしてくれるかも疑問です」
「先生、そんな言い方はあんまりですわ!」
母親はヒステリックに言い返した。
「そうは言われても。どうされます? ここで押し問答をして時間を無駄にしていては、娘さんの命に関わりますよ」
「腕を切断すれば助かるということか?」
クーンハイトはやり場のない怒りをこらえるように言った。
「ええ、はるかに見込みがあります」
医師は独特の冷静な態度で答えた。
「わかったよ……先生、お願いします。娘の、トレスの命だけは助けてくれ」
そしてトレス・レペンスは一命をとりとめた。彼女自身の右腕を引き換えにして……。




