1.9
トレギシェ村の入り口付近では部隊の副隊長が現状を訝しく思っていた。
「いったい何事なんだ?衛生兵が必要だと言うし、応援も連れてこいだなんて」
「なにがあったんでしょうね?」
部下の一人は尋ねた。
「とにかくだ」副隊長はその場に言って聞かせるように続けた「何があったにせよ、我々は即座に動けるようにしておかねばならん!」
部隊を仕切る大尉にもしものことがあった場合、副隊長がその任を背負わなければなかった。つまり現状を分析把握する必要があったし、行動に移す必要もあった。
「即時行動がとれるよう、班ごとに集まっておけ! それから自転車組は二人、村に向かって様子を。それに大尉の状況もだ」
先ほどの銃声が気がかりだった。大尉にもしものことがあったとしたら……副隊長に不安がよぎった。そのときだった。大尉と衛生兵、大尉の部下も一人こちらに向かってくるのが見えたのだった。
「大尉殿? 怪我をなさっているではありませんか!」副隊長は大尉の顔の包帯をみて驚きの声を上げた。
しかし大尉は構う様子はなかった。
「それより、若いの二人は戻ってないか?」大尉は訊いた。
「応援に向かわせた二人のことですか?」
「そうだ。一人呼び戻しに向かわせたのだがな」
「それでは自転車組を向かわせましょうか?」
「そうだな。そうしてくれ。どうやらむやみに銃を撃ったみたいだ」大尉はため息交じりに言った。「まったく、大事になる前にこの村からは撤退する。村民も協力的ではないしな」
大尉と副隊長、ほか幾人かの部下には実戦経験があった。しかし、部隊の大半は若くて経験も乏しい、戦場で銃を撃ったことも無い兵士ばかりだった。もしものとき若い兵が何をやらかすか、大尉は多少なりとも危惧を抱いていたのも事実だった。
一方その時、撃った後もなお逃げ続けるトレスを追跡していた新米兵士とその先輩のもとに大尉の部下が追いついた。
「なんだ、さっきの銃声は」
「あれは、ぼ、僕が……」新米が言おうとすると、それをさえぎるように「あれは威嚇ですよ。あの小娘、逃げ足が速いのなんのって」と先輩が言った。
「何を勝手なことをしているんだ。威嚇といえども発砲の許可を大尉殿は出していない! それにすぐに戻るんだ。命令だ」
「あの小娘はどうします?」
「逃げてるなら、放っておけ」
このとき二人の兵士は、威嚇のはずの銃弾がもしかすると命中しているかもしれないと思っていたことは言わなかった。
「よし、さっさと戻るぞ」
彼らは途中で自転車組と合流すると、そのまま部隊がいる村の入り口まで向かった。その後、大尉は全員が揃っていることを確認すると部隊の進路を反転させて村を後にしたのだった。




