<無機質ユーフォ:アイ(AI)の場合①>
「アイちゃん、上手いよね」
まただ…
「いつもブレないし、リズムも正確だし」
また同じ…
私の演奏を聴くと、皆が上手いねと言ってくれる。
でも、素直に喜べない。
だって、時が経つと次にはこう言うんだから。
「もうちょっと面白く出来るといいのに」
「足でリズム取ったり、揺れたりするのが良いとは言わないけどさ、何かこう、感情というか…表現つけてみたら?」
面白い演奏って、何なの。
感情、表現、全然分からない。
アイ…AI(人工知能)の私には、分からない。
そして、分からないと言えばもう一つ
「ねーねー、アイちゃん。ご飯いつ行ってくれるの?」
エキストラでやって来たファゴットの青年(音也といったか)が私に向けるこの執着の正体が全く分からない。
「あ、もしかして、彼氏と約束?ご飯もダメなの?束縛ってやつ?」
質問ばかり投げかけられると、処理が追いつかずフリーズしそうになる。一問ずつかみ砕く。
「彼氏と呼ばれる人はいません」
まだ最初の問いかけにしか答えていないのに、やったとばかり音也が攻勢をかけてくる。
「じゃあご飯いいじゃん。今日いこ」
我慢強く、二問目に対して回答する。
「食事は、一人で摂る方が好きです」
「えー、何それ変わってる!」
音也は、心底分からないという顔でこちらを見た。
変わってる、と言われると普通人間は嫌がるらしい。
でも私にとっては、めったに貰えない嬉しい言葉。
規則的であるはずのAIがイレギュラーを出せたことの喜び。
「そう。変わってるんです」
初めて少し笑顔を向けたからか、食事を断ったにもかかわらず音也は上機嫌になった。
「アイちゃん、面白いね。じゃあさ、何で音楽やってんの?」
音楽をする、理由・・・
「音楽が素敵だからです。日常生活にはない感情…『喜び』『熱情』『悲哀』『威厳』『慕情』…。
本や映像も感情を扱いますが、音楽は自分も参加して疑似体験できるところが好きです」
そう、私は「感情」を体験してみたくて、音楽をしている。
楽器を吹いて、一緒に高ぶったり囁いたりしていると時々、
あぁ、このうねりが感情っていうものなんじゃないかと
何か掴めそうなことがある。
「えー、日常にもあんじゃん。恰好の感情が」
「?」
首をかしげると音也はピシッと自分の胸を指しこちらを見つめた。
「『恋心』、これに勝る感情のジェットコースターはないってば」
「はぁ・・・」
若い人を中心に、『恋』はメジャーな関心事項らしい。
でも自分には特に理解の追いつかない現象。
誰かが誰かに恋をする理由は?きっかけは?
同じ条件の人でも恋に落ちたり落ちなかったりするのは何故?
これまで何とも思っていなかった人に、長い年月をかけある日恋をしたりもする。
そして気持ちは永続的ではなく、移ろいやすい。
こんなにも不確かで、自分や周りを幸せにもどん底にもするようなものを
人は憧れを含んだ響きで口にする。
本当に不思議。
私の反応がぼんやりしていたからか、音也はさらに言葉を続けてきた。
「アイちゃん。アイちゃんはただ音楽がしたいって言うけど、なら1人でもできんじゃん。
なのに吹奏楽団に来るってことはさ、何かしら『人』に興味あるんじゃないの?」
虚をつかれたような気がした。
「大勢いないと合奏出来ないんだから、人との触れ合いだって大事っしょ。
…と、珍しく真面目に語ったのが恥ずいんで、今日は退散すんね。じゃっ」
最後は一気にまくし立て、音也はトタトタと去っていった。
(人との触れ合いを、私がどこかで望んでいる…!?)
自分でも気づいていない可能性に、思考がいつまでもグルグルしていた。




