<婚活フルート:愛里亜の場合②>
「ねえ、愛里亜ちゃん。金五のトロンボーンやってみない?」
彼女の話はこうだった。
・自分はゲームの曲が分からず、アンサンブルの時にいつも合わない。
・合宿にはトロンボーンが自分しか来ていないから金五に参加しているが、もしゲーム音楽の分かる人が居れば代わって欲しいと思っていた。
・愛里亜ちゃんはよく知ってる曲のようだから、トロンボーンは自分が教えるので合宿だけでもやってみないか。
「そ、そんな楽器って幾つもやっていいの?」
訳が分からないので尋ねたが
「楽器変えるのはそんなに珍しくないよ。私もホルンから移ったし」
と何でもないことのように返された。「それに合宿は遊びの要素が強いから、普段やってない楽器やる子も居るよ」
言われてみれば、練習の時にリコーダーらしき音がしたり、どう聞いても人数以上のパーカッションが聞こえたりしていたが…そういうことだったのか。
それは、つまり…
「合法的に、ゲーム音楽が出来る」
愛里亜の喉がゴクリと鳴った。
「やだ愛里亜ちゃん、合法的も何も、ゲーム音楽は違法じゃないじゃん」
冗談だと思われたらしい。
「てなわけで今日から午後、時間貰える?楽譜はちょっと簡単になるようアレンジ頼んでおくから」
「おっ、お願いします!」
初めて、楽しそうという感覚が湧いてきて、反射的に愛里亜は答えていた。
楽器が人を作るのか、性格に楽器が引き寄せられるのか…とにかく人と楽器には相性があるのだと、振り返って愛里亜はつくづく思う。
トロンボーンを触り出してから、急に音楽が楽しくなってきた。
まず、音がデカくて格好いい。指も沢山覚えなくてよく、スライドで何となくの位置へ持っていけば、後は気合で高さを調整出来る。
合宿では結局、3日やそこらしか練習出来なかったから曲を吹ききるには至らなかったけれど、
一番カッコイイ場所(飲み会の時に銀杏達が困っていて愛里亜がダメ出しをした「パパパッ!」の所)だけは、オリジナルを知っていたのでバッチリのタイミングで入れた。快感でその後数秒吹くのを忘れたほど。
そのまま合宿後も、頼み込んでトロンボーンへ移らせてもらってるうちに、まず服装がボーイッシュに戻ってきた。
喋る声もだんだん大きくなり、ゲーオタの趣味も隠さなくなってきた。
不思議なもので、清楚なフルートお嬢さんを演じてた頃よりも今の方がモテている。隠し事をしなくなったのが良かったのか、自分に合う環境を見つけられたからなのか…最近は同じ金五内のトランペット君とお付き合いを始め、すこぶる順調だ。
「私は婚活用に吹き始めたけど、自分自身も楽しめるようになってきて…。それが回り回って婚活にもなったって感じかなあ」
予定よりは1年遅れたけれど、ジューンブライドが決まった愛里亜は朗らかに笑っていた。




