<どん底トランペット:奏奈の場合>
「最低、最低、最低」
あんな男だと思わなかった。
「いやいや、どう見たってそんな男だったよ?」
「そうですかぁ?…あ、そこ指返した方がいいです。」
「お?ありがと」
同じ楽団の、パーカッションのママさん団員にピアノを教えながら、奏奈はずっと愚痴っていた。
ファゴットの彼から振られたのは、演奏会が終わった翌日、それもメールであっさりとだった。
久しぶりにときめいたのに。
素敵な音楽をしていたのに。
「あーあ。結婚したい。。」
同世代の友人には、何だか負けた気がして言えない本音も、既に結婚して二児の母となっている菊穂になら気兼ねなく言える。奏奈にとっては、貴重な避難所だった。
「いやぁー、それにしても奏奈ちゃん器用ね。トランペットもあんだけ吹けて、ピアノもこんなにだなんて!」
「そんなことは…」
音大には自分よりもっと上手い子ばっかりで、だから学校を出ても音楽関係の仕事には就けず、何となく就職対策で取った秘書検定を元に事務の契約社員をしている。それだって次の更新は怪しいかもしれない。
張り合いのない日常。
褒められることも、必要とされることもなく。
先の見通しもなく。
考えだすとたまらなく怖くて、苦しかった。
だから、たとえ逃避でも、楽器が上手いことを褒められるのは嬉しい。
ここでは自分より上手い人はいない。
いつも輝いていていられるし、羨望の眼差しで見てもらえる。
私が楽器を手放せないのは、狭くても輝く場所が欲しいがため。




