<無機質ユーフォ:アイ(AI)の場合②>
「アイちゃんはただ音楽がしたいって言うけど、なら1人でもできんじゃん。
なのに吹奏楽団に来るってことはさ、何かしら『人』に興味あるんじゃないの?」
私の行動は全て計算の結果だから、説明可能で明快なはずだったのに
音也に指摘され急にそこが揺らいできた。
自分の中にも、不可解で予期不能なパーツがある?
…それが、感情?
感情を体験したくて音楽を始めたけれど、実は私の中にもちゃんと、人への純粋な興味や
近づきたいという気持ちがあったのかな。
持ってないと諦めてた感情の、ほんの小さな種か芽なら
私の中にもあると期待してもいいのかな。
「それなら何で、私の演奏は無機質って言われちゃうんだろう…」
リハーサルの日、ホールのステージで何度もソロを練習しているうちに、つい溜息と一緒にグチをこぼしてしまった。
そして、それを目敏くキャッチしたのは、やはりというか当然のように音也だった。
(まぁユーフォとファゴットは席が隣同士なので距離的にも聞こえやすいのだけど)
「なになに?アイちゃん、俺に相談?」
違います、と言いかけて…いつもなら遠慮なく言っているけれど…今日は思い直した。
音也はこの間の発言も面白かったし、何か自分にないイレギュラーが吸収できるかなと思ったから。
「そうなんです。ソロがうまく吹けなくて」
「いやいや、アイちゃん普通に上手いじゃん。つか、この団でトップ3に入るくらい上手いと思うよ」
音也の口調は、お世辞を言っている風ではなかった。でも、私の心は晴れない。
「もっと…感情的に吹きたい」
そう言うと、音也はキョトンとして
「もしかして、わざとそういう表現にしてるわけじゃなく…?」
窺うように聞いてきた。
無言で頷くと
「マジか」
「マジなのか…」
やたらと、マジを繰り返す。ええと、本当か?という意味だったかな。
「天然でその巧さとか、ほんとマジかよ。…アイちゃん、やっぱ面白いわ」
しばらくブツブツ呟いていたけれど、最後は自分で納得したのか、音也は会話に帰ってきた。
「よし、即席だけど、『表現の付け方』教えたる!」
それからリハーサルが始まるまでの30分間は、新しい知識と小技のオンパレードだった。
抑揚の付け方から、フレーズというものの捉え方、頂点をどこに持ってくるか設定して逆算してのペース配分、周りの音が厚い時と薄い時とで同じ音量記号の意味が変わることや、1度目より2度目と繰り返すごとにあえて吹き方を変えることなど。
機械的と言えば機械的だけど、その通りにやってみると急にメロディに動きが出てきた。まるで感情があるみたいに。
「みんな、こんなに計算でやってたんですか?」
「んーまあ。自然にやる人も居るけど、俺は100パー計算かな」
得意げな笑みで音也は言った。
演奏会後、
「アイちゃん!」
楽屋へ飛び込んできたのは、ホルンの歌子だった。
「どうしたのどうしたの?今日のアイちゃんどうしたのー?」
「あ、ちょっと吹き方変えてみたんですけど慣れなくて…変でしたか?」
「ううん!」
歌子は大きくかぶりを振ると、熱のこもった眼差しで言った。
「すっごく、エモだったよ」
「えも…?」
首を傾げると、はたと気づいて歌子は言い直した。
「ごめんごめん。すっごくエモーショナル、感情豊かだったよ」
その言葉に、自分の中の張り詰めていた部分が緩むのを感じた。
嬉しい…
自分の演奏が、感情豊かだと言われるなんて。
そして、感情的に吹けないのは私に感情がないからだってずっと引け目に感じてたけど、
こうして演奏のことで落ち込んだり嬉しくなったりしてること自体、
私にも感情があることの表れだって気づけたこともなお、嬉しくて。
「…そりゃ惚れちゃうよね」
「?」
最後のセリフは誰に言ったか分からなかったけど、聞き返そうとしたら、もう歌子は楽器を背負って楽屋を出るところだった。




