<婚活フルート:愛里亜の場合①>
「おかしい…」
計画は完璧な筈だった。
今頃は素敵な男性と出会って、ジューンブライドをしている予定だったのに…
「ジューン、ジュライどころか、セプテンバーも終わっちゃうじゃない!」
婚活には男女混合の趣味サークルに入るのが近道とアドバイスを受け、この団体を選んだのが半年前。
倍率を考えれば女性の少ないフィールドの方が有利だけど、ゴルフにも釣りにも鉄道にも興味が持てず、メンバーと話を合わせるための基礎知識すら身に付かなかったので早々に諦めた。
代わりに選んだのが、男女は半々だけど若い独身者が多くて、練習後の飲み会も活発な今の吹奏楽サークルだった。
男性受けを考えて清楚なお嬢さん系を演出せんと、楽器は迷わずフルートを選択。もちろん、吹いたことなどない。まずは近所の音楽教室で初心者用のレッスンを受けるところからだ。
服装もボーイッシュからワンピースに切り替えたし、念のためゲームオタクの趣味も封印した。
全ては20代のうちに結婚相手と出会うため。自分大改造だ。
それなのに、成果は芳しくなかった。
話をする男性はサークル内に何人も居る。ただ誰とも世間話から一向に仲が深まらない。
愛里亜は焦っていた。
「だぁから〜、何でうまくいかないのよー」
グラスを乱暴に置きながら、そのまま愛里亜はテーブルにガバッと突っ伏す。
普段は終電があるからとセーブする酒量も、合宿となれば話は別だ。ただし、ちょっと安心して飲み過ぎたかもしれない。
日頃は淑やか(に見えるよう意識している)愛里亜の意外な姿に、周りの面々も「疲れてる?」と、戸惑っているようだった。
「あ、愛里亜ちゃん。あっちの金五、まだ練習してるよ〜頑張るねぇ。」
露骨に話を逸らされたりしている。
「んん?きんご…って?」
まだ吹奏楽用語に疎い愛里亜が、突っ伏したまま顔だけ上げると、これ幸いと仲間達が答える。
「そう、金五。金管五重奏。」
「トランペット2本とホルンと、トロンボーンかユーフォと、あとチューバで金五だよ」
「愛里亜ちゃんフルートだから、金管メンバーと絡むことあんまないもんね」
飲み会をしている大広間から隣の部屋を覗くと、確かにその5本の金管が、何やら楽譜と睨めっこしている。
「さっきから同じとこばっかやってるみたいだけど、うまく行かないのかな」
「てかあれ、何の曲?」
言われて耳を傾けたのと、無意識に立ち上がり叫んだのはほとんど同時だった。
「ファイティングクラッシュの新作BGMだとー!!?」
その晩のことはあまり覚えていないけれど、後から金五メンバーに聞いたところによると、
飲み会の席を急に立って金五の練習部屋に乗り込み、「選曲が神!」とか「吹奏楽ってゲーム音楽もやるんですね」など高いテンションで喋り倒したらしい。
それだけでも恥ずかしいのに、そのうち
「そこはそうじゃない」「トロンボーンの『パパパッ!』はもっと攻撃的に」など、ダメ出しまで始めたそうだから、失礼なことこの上ない。
翌朝。
「今までせっかくお嬢様キャラを積み重ねてきたのに…酔って絡んでゲーオタもバレるなんて。もうダメ、居られない…」
二日酔いと共に最悪な気分で朝食の場に現れた愛里亜へしかし、昨夜のトロンボーン吹きがニコニコと近づいて来た。
「ねえ、愛里亜ちゃん。金五のトロンボーンやってみない?」




