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イベリア古書堂。

瑞葉の陽炎

作者: イベリア

瑞葉とは読んで字の如く瑞々しい葉っぱのこと。

 秋半ば、夏の暑さもすっかりとどこかへ消えて吹く風には段々と冷たさが混じってくるようになった。退屈な授業は今日も続きどこまでも高い高い空に見とれてはあまりの退屈さに眠くなる。

 運が悪いことに眠くなれば終業のベルが鳴り響き、微睡みはどこかへと失せてしまう。暁を覚えないのは春の眠りだけではない。秋もそうだ、肌に触れる風は仄かに冷たく、空から降りてくる日だまりは程よく暖かい。太陽が、水平線の側で海坊主になるまではきっと体を冷やすことなくゆっくりと眠れるだろう。そうなればどれほど気持ちのいいことか。

 後ろの席はいつも空席だ。そこにはしっかりと名札があって、きっと誰かが居るのだろう。それを見たことは無く、見た人も概ねいない。無邪気な学生らの間では七不思議の一つになるくらいだ。そして、それなりに歴史のある学校には七不思議など元からしっかりと七つ用意されているもので八つ目になる。どちらにせよ、そんなのは暇な学生の暇つぶしの話でまったくもってどうでもいい。

 面倒なことに、連絡を頼まれた。空席の主にお届け物だそうだ。

 その主はどうやら、最近この学校のすぐそばに引っ越してきたらしい。たしか名前は、青葉瑞希。一度も見たことのないクラスメイトの少女だそうだ。

「あら、いらっしゃい。どなたかしら。」

 マンションの一室ベルを鳴らすとまるで絵画に描かれる天使のような少女が出迎えてくれる。

「あぁ、お届け物です。学校からの知らせで。」

 本人の姉かなにかかと思った。あまりに浮世離れしているものだから年上だとばかり錯覚して。

「ふふっ、敬語なんて使わないで?受け取り主は私。初めまして、クラスメート君?私の名前は知ってるかしら。」

 まるで、芸術品か何かのような真っ赤な虹彩の双眸に見つめられてほんの少しだけ心臓が高鳴る。

「初めまして、青葉……瑞希……さん。」

 どこまでも真っ白な彼女としゃべっているとき、現実感がまるでない。絵画の世界に迷い込んだみたい。どうせなら、彼女の後ろに描かれているごく普通のマンションを切り取って代わりに花園の絵画の中心に彼女をおいてみたくなるのだ。

「やっぱり知ってた、でもあなたばかり私の名前を知ってたら不公平。だから教えて、あなたの名前。」

 身を乗り出して少し近づいて来る。そのせいで純白にも見えたその肌にはほんの少し紅が指してることが分かる。まるで桜の色だ、季節はずれのこんなにも綺麗な桜の花びら。

「お、俺は勇太、相田勇太。」

 彼女は、ほんの少し考え込むふうに見せてすぐに答えが出たように動いて笑ってみせる。

「それで君かぁ。正直ここなら誰でも届けに来られるよね。だから君になったのかぁ、なるほどね。」

 思っていたよりも彼女はずっと雄弁で、それで多弁で、ついでに元気そうだった。なぜ学校に来ないのかそれがわからなくなるほどに。

「あ、うん。多分……。」

 でも、きっと学校の連中は彼女のことを好奇の目で観るだろう。それかもしくは無駄に人気者になる。すぎたるは及ばざるがごとし、美しさも過ぎれば快く働かないものである。

「まぁ、ちょっと上がっていって?話し相手が居ないのはとても退屈なの。ちょっとくらいは時間あるでしょ?」

 腕を引かれて、言われるがまま部屋に上がる。少女の力とは思えないほどに強く、だけどその手はあまりに冷たかった。

「ここが私の特等席。みて、ここからならあなたたちが見えるの。」

 そう言って案内された窓には遮光フィルムが貼られ、太陽の光が遮られていた。

「この窓を開けられるのは午後だけ、だから私が知ってるのは午後だけ、だから教えて、午前中は何をしたの?」

 風にたなびく銀の髪はさながら天使の羽のようで、すっかり魅了されてしまったのを覚えている。

陽炎とは夢幻の如く。

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