.10.第二次『神族』大戦(6)
「逃げられたっ?」
振り返ると、ウィエンが笛を握りしめ、祈るように目を見開いていた。
彼女の瞳は、炎竜の姿を映しながらも、どこか遠くを見ていた。
「ウィエン……?」
「わたし、思い出したの。わたしが、何者なのか……」
彼女は、笛を持った両手を、胸に当てた。
「……わたしは、『空の人』の核なの――」
その瞬間、ウィエンの体から、光が溢れ出した。
ウィエンの祈りに呼応して、何かが集まり始めた。光のかけらのように見えるものが、ウィエンに集中してゆく。
空気が震え、風が巻き起こる。
すると、空から、妖精族達が舞い降りてきた。皆、ふわふわとした白い服を着て、風で飛ばした羽が重力に引かれるように、ウィエンを目指して、降りてきた。
彼女たちはウィエンと重なると、光になって吸収されていった。
それにともなって、ウィエンが、まるで巨人のように巨大化していった。
あまりに現実離れした光景に、まるで、有名な特撮の極度に凄い人みたいな感じだ……と、他人事のように感じた。
やがて、ウィエンは、透明な羽を持つ、空そのもののような巨人――になった。その容姿は、ウィエンにどことなく似ているものの、ネコミミはない。
僕は、まるで、神話の絵の女神がそのまま顕現したような感じだな……と思った。
いつの間にか隣に降りたったイアヌーが、呟いた。
「『空の人』――かつて、時空を守護していた『神族』だ……」
僕は、頷いた。
そして、巨人となった『空の人』が、炎の竜に対峙した。
「……わたしは、『空の人』。あなたが壊したものは、私たちの中で生きている」
「『空の人』よ……まだ存在していたのか!」
しわがれた声で、炎の竜が吠えた。
「……あなたは、かつての『神族』。でも、今は違う存在となった。あなたの炎は、世界を焼くだけ」
彼女の声は、静かだった。
その声に呼応するように、大地が震えた。
地面が割れ、そこから岩の巨人が現れた。
「『石の人』――『空の人』の覚醒に呼応して目覚めたのか……」
イアヌーが、呻くように言った。
空と地に神が、再び並び立った。『神族』の均衡が、戻ったのだ。
『空の人』は、彼女の両手をコの字に合わせた。
すると、その間に、眩しい光が生じて広がっていった。
「あなたの炎は、もう空を焼けない。私が、そうさせない」
炎竜が咆哮し、灼熱の息を吐く。
だが、『空の人』の祈りがそれを光に変え、空へと還していく。
空に何重もの光輪が広がり――妖精族のものだろうか――祈りの唱和が響き渡った。
『空の人』は、祈りを捧げ続けた。風が巻き起こり、空が震える。
空の裂け目から、光が溢れ出した。
「私は……空の核。あなたが壊したものの、残り火。でも、もう、あなたの炎には焼かれない」
彼女の祈りに応じて、光輪が竜を包み込む。炎がかき消され、竜が苦悶の咆哮を上げる。
「うぉぉぉおぉぉ!」
『石の人』も、咆哮すると、炎の竜を拳で打った。
『神族』や妖精族たちも一斉に攻撃を開始し、ディフィネ山の斜面が光と炎に包まれた。
(ユウ、『ルグ』を合わせて!)
僕は、空を見上げた。『空の人』のなかから、ウィエンの声が、確かに聞こえた。
「ウィエン……!」
僕は、ありったけの『ルグ』を投じて『神秘の槍』を形づくった。そして、ウィエンの光に向けて放った。
すると、その青白い光が彼女の祈りの光輪と融合した。
それは、瞬間的に収束すると、巨大な螺旋状の光の槍となって――炎竜の胸を貫いた。
「ヴヴォァヴァァォアアアヴアァーーー!」
竜が叫び、空が震えた――〈アヴァガー分裂体〉が剥がれ落ち、炎が消えていく。
『火の人』の姿が、崩れ落ちる竜の中から現れた。
風が巻き起こり、炎を包み込む。
「まだ……終わらぬ……」
だが、彼の声は風にかき消された。ウィエンの祈りが、空の黒い霧をも浄化していた。
彼は、空へ溶けるように消えていった。
神々が静かに集まり、イアヌーが、剣を下ろした。
「父よ……たしかに、あなたの炎は、もう〈オーネ〉を焼けないな」
『石の人』は、その様子を見届けたかのように、どかっと腰を下ろした。
そして、戦場には、静寂が訪れた。
***
空が、青く澄み渡っていた。
あれほど荒れ狂っていた空間の歪みは、まるで何事もなかったかのように、なくなっていた。〈アヴァガー分裂体〉の残滓も、完全に消え失せていた。
僕は、まだ光を放ち続ける『空の人』の姿を見上げていた。
彼女は、空に浮かび、光に包まれていた。まるで、空そのものが彼女を祝福しているかのようだった。
「ウィエン……」
僕は、呟いた。
次の瞬間、『空の人』が光に包まれ、目の前にウィエンが浮かんでいた。
見ると、空には、たくさんの妖精族たちが、あの白い服装で、蝶のような透明な翼を広げて、舞っていた。
神々が静かに集まり始める。イアヌーは剣を下ろし、ルーファは深く頭を垂れた。
ネフィールは、涙を浮かべながら、ウィエンに向かって歩み寄った。
「あなたが……『空の人』の核だったとは……」
ウィエンは、静かに微笑み、すっと地上に降り立った。
彼女の足が地に触れると、風が優しく吹き、草が揺れた。まるで〈オーネ〉の大地が、彼女の帰還を歓迎しているようだった。
「わたしは……ずっと、自分が何者なのか分からなかった。でも、ユウと出会って……ようやく思いだしたの。わたしは、ウィエンだけど、『空の人』だった頃の記憶を、もっている」
妖精族たちが、彼女の周囲に集まり、膝をついた。
「ウィエン神様……」
誰かが、そう呼んだ。
ウィエンは、首を振った。
「私は、ウィエン。みんなと同じ、〈オーネ〉の一部。神でも妖精でも、人間でも、みんながこの世界を支えている」
その言葉に、『神族』も妖精族も、静かに頷いた。
ウィエンの瞳は、深く澄んでいた。まるで、空そのものを映しているようだった。
僕は、そのウィエンの隣に立ち、空を見上げた。
雲が流れ、光が差し込んだ。
「ウィエン……君は、ついに、本当の自分を取り戻したんだね」
「ううん、ユウ。ウィエンだけじゃない。ユウがいたから、わたしは、『空の人』のことを思いだせた」
「そうか……」
「わたしは、ウィエン……『空の人』の記憶はあるけど、それは過去のできごとなの。ユウが、わたしの空を照らしてくれる『神族』だよ」
その言葉に、僕は、胸が熱くなった。彼女の手を、静かに握った。
すると、イアヌーが、静かに歩み寄ってきた。
彼の顔には、深い疲労と、わずかな安堵が浮かんでいた。
「ウィエン……我々は、長い間、『空の人』と『石の人』の復活を願っていた。だが、それが妖精族の中に眠っていたとは……」
ウィエンは、少しだけ微笑んだ。
「わたしも、知らなかった。でも、ユウと出会って、少しずつ思い出したの」
イアヌーは、僕の方を向いた。
「ユウ君……君も、よくやってくれた」
「いえ……僕は、ウィエンに助けられただけです」
イアヌーは、深く頷いた。
「〈オーネ〉の均衡は、戻った。だが、『火の人』は完全に消えたわけではない。彼は、『高時空』の彼方へと、アムやルームとともに逃げたようだ。いずれ、また戻ってくるだろう」
「じゃあ……また戦うことになるんですか?」
「おそらく、な」
ジードが、僕の肩を叩いた。
「ユウ。僕たち、これからも一緒に世界を守っていこう。ウィエンも、君とならきっと……」
ウィエンが、僕の手を握り直した。
「わたしは、ユウと一緒に、いたい。それが、わたしの願い、です」
僕は、彼女の瞳を見つめた。
そこには、確かな意志があった。僕は、大きく頷いた。




