.10.第二次『神族』大戦(5)
僕は、〈ブズゥーク〉の放射板に『ルグ』を注ぎ込んだ。
「そういえば、ウィエンも操縦できるようになったの?」
「うん。ウィエンも、だんだん、『ルグ』を使えるように、なってきたよ」
ソファーに座った状態で、ウィエンは、僕に向かって、微笑んだ。
「それはよかった。なんとか、僕達で、力を合わせて、いこう!」
僕が操縦すると、〈ブズゥーク〉は、唸るような音を立てて空に舞い上がった。
ディフィネ山に近づくと、空が、燃えていた。
上空に広がる赤黒い雲は、まるで世界の終焉を告げる鐘のように、低く唸って振動していた。
僕は、〈ブズゥーク〉の操縦席から身を乗り出し、遠くに広がる戦場を見つめた。
ディフィネ山の裾野には、炎のような軍勢が迫っていた。『火の人』が戻ってきたのだ。『火の人』の軍勢は、異形の炎の獣、黒い霧の棒のような兵士と魔導士たちだった。
村に現れたポリゴンの物体も、それに続いているものの、〈アヴァガー分裂体〉の顔は、見当たらなかった。
「皆は……あっちか!」
神々の方は、山肌に沿って陣を敷いていた。
主神イアヌーは、白銀の鎧をまとい、剣から雷を出して遠距離攻撃していた。海の神のルーファは、空に浮かび、波のような『ルグ』を纏って空に渦を描き、そこからつぶてを降らせていた。発明の神のジードは、後方で巨大な鎧のように見える機械兵を操り、山の斜面に砲台を設置して、砲撃していた。ヴィードは空に舞い、灰色の矢を四方に放っていた。
他の神々も、それぞれの武器を持って、敵の軍勢に対峙していた。
敵味方の攻撃の応酬に、景色が歪み、地面が割れ、戦場の空は、次元の裂け目のようになっていた。『神族』たちの聖域が崩れようとしているのだ、と思った。
僕は、〈ブズゥーク〉の操縦席で、震える手を握りしめた。
「ユウ、私たちも行こう!」
彼女の言葉に、僕は頷いた。攻撃を避けて、ディフィネ山の反対側から〈ブズゥーク〉を急降下させ、神族の陣の背後に着地させて、急いで降りる。
「僕たちも戦うよ。ウィエンと一緒に!」
ジードが振り返って、喜びの表情を見せる。
「ユウ! さっき、いきなり敵が現れたところだよ! 一緒に頑張ろう!」
「わかりました!」
僕は、ウィエンとともに、後方から戦況を見守った。
空気は、焦げるような熱を帯び、地面は震え続けている。
上空からルーファが、叫んだ。
「イアヌー、左翼が崩れかけている!」
「わかった。ネフィール、風でもっと切り裂け!」
神々は、それぞれの『ルグ』の技を駆使し、炎の波を押し返していた。
だが、敵の中心に立つ『火の人』は、同じ『神族』とは思えないほど、とてつもなく強かった。
「ふぅぬぅううううう!」
『火の人』が鉈のようなものを振るうと、そこから炎の塊が吐き出される。それは、ただの火ではなく、空間そのものを焼き、歪めるような、異質な力の塊だった。
着弾した炎の塊は、神々の陣を覆っていた力場の膜のようなものを破り、『大宮殿』の壁の一部を粉砕した。
「『防護力膜』を抜かれたぞ!」
妖精族の悲鳴が上がった。
「父よ……なぜここまで……」
イアヌーの声には、怒りと悲しみが混ざっていた。
空間が歪み、地面が裂け、異次元の気配が戦場を覆っていくのが分かった。
目を凝らしてみると、『火の人』は、以前、夢の中でみた大男と同じだった。しかし、今は、その瞳に狂気と復讐の炎を宿しているように見えた。彼の背後には、黒い霧のようなものが蠢いていた。
「イアヌー……息子よ。父を追放した代償を、今こそ。払ってもらうぞ」
『火の人』の声が周囲に響いた瞬間、異形の炎の獣たちが、一斉突撃を開始した。
神々の陣営も、応戦する。
ルーファが、上空から水の『ルグ』を放ち、炎を打ち消す。ネフィールが風の刃を操り、敵の前衛を切り裂く。ジードの機械兵が火球を放ち、霧を吹き飛ばす。
僕も、光の槍を創り出し、連続して撃ちだして、炎の獣たちをなぎ払った。
ちらりと横を見ると、ウィエンも笛を手に、眉を寄せて集中していた。どうやら、『ルグ』で、あの『防護力膜』とかいうバリアーを張ろうとしているようだった。
しかし、『火の人』の軍勢は、山の裾野に到達しつつあり、ついに神々の防衛線を突破しようとしていた。
「抜かれるぞ!」
ルーファが叫んだ、そのとき、『火の人』が両腕を広げた。
彼の瞳は、燃えるような赤に染まっていた。けれど、そこには感情がなかった。あるのは、ただ破壊の意志だけのように見えた。
「我が力を、完全に解き放つ時が来た……!」
……空が、更に歪んだ。
黒い霧が集まり、大きなのっぺらぼうの顔に変化した。
「あ、〈アヴァガー分裂体〉!」
両腕を広げた『火の人』が、ゆっくりと歩み出ると、その背後で、〈アヴァガー分裂体〉の黒い霧が渦を巻き始めた。
異次元の裂け目が開き、空が軋むような音を立てた――『火の人』は、〈アヴァガー分裂体〉の〈顔〉の霧を自らの体に取り込んでいっているようだった。
霧が彼の体に吸い込まれていく。炎と闇が融合し、彼の姿は、変貌し、巨大化してゆく。
鱗が生え、背中から巨大な翼が広がり、口からは灼熱の息が漏れ始める。
やがて、『火の人』は、完全な竜の姿となった――。
「う、嘘だろ……!」
ジードが、呆然と呟いた。
竜が咆哮すると、空が裂け、ディフィネ山の頂が震えた。神々の陣営の皆は、一瞬、沈黙した。
僕は、別の意味で衝撃を受けていた――これは、夢の中でみたあの醜悪な竜と同じだった!
「逃げろ!」
ヴィードが叫ぶが、すでに遅かった。
竜が空から急降下し、ディフィネ山の斜面に、まるで火柱のような火炎放射を浴びせた。シヴズの黒炎が、なんとかその火炎を抑えようとしたが、押し切られそうになる。
岩が砕け、神々の陣が崩れ始めた。
「やむおえん、出るぞ!」
イアヌーとネフィールが、陣を出て、前線に走り出す。
剣を振るい、炎を切り裂くが、竜の力はそれを凌駕していた。
「全員、退避しろ!」
振り返ったイアヌーが叫ぶが、炎竜は、すでに空を支配者のように舞っていた。
その巨体が空を覆い、翼の一振りで風が吹き飛び、尾の一撃で山肌が崩れる。ヴィードが灰色の矢を放つが、炎竜の鱗に弾かれ、空に散った。
「このままじゃ……。ウィエン、僕が時間を稼ぐ!」
僕は、光の槍を握りしめ、炎竜の翼に向けて放った。
青白い光が空を裂き、竜の動きを一瞬止める。
「ユウ!」
ジードが振り返って、叫んだ。
彼は、機械兵の肩に座って、父ルーファと共に最前線で戦っていた――マジン○ーのような操縦型ロボットについて教えておけばよかったと思った――。
だが、彼の機械兵の砲撃も、炎の竜には通じなかった。
炎の竜は咆哮し、空間を歪めて反撃する。ルーファが、水の渦を巻き起こし、なんとか竜の火炎放射を防ごうとするが、炎の勢いに押されて霧散する。
神々の陣営が再び、押しこまれてきた。
「このままじゃ、山が……! このおっ!」
何本も光の槍を創って、竜に向かって撃ちだす。
ウィエンの方を見るが、彼女は防御に忙しく、なかなかウィエンと手を繋いで反撃するタイミングもなかった。
その時、目の前に、黒い霧が固まって、その中心から、アムが姿を現した。
「アム!」
「よそ者の『神族』のくせに、邪魔するな!」
「君は……なぜ『火の人』の側に?」
「うるせえ。俺は、ただクソオヤジを、倒したいだけだ!」
直後、彼の背後から、〈アヴァガー分裂体〉と同じような多数の触手が、僕に向かって伸びてきた。
僕は、光の槍を作りだして、その触手を切り裂こうとした。
「たしかに僕は、別の世界からきた。でも、〈オーネ〉を壊すことは許さない!」
しかし、前のときよりも、触手の数は、圧倒的に多かった。全てを切り裂くのは難しい……。
「ユウ、危ない!!」
ウィエンのバリアーが、その触手を弾き飛ばして消した。手は繋いでいないものの、村でのように、『ルグ』が共鳴しているのが分かった。
そのバリアーが前方に広がり、アムに近づいてゆく。
「な、なんだ?」
そのバリアーに触れたアムの手が、光の粒になって消滅する。
アムの顔が、驚愕の表情に歪んだ。
「くそっ!」
彼がバリアーに飲み込まれそうになったところで、突然、ルームが背後に現れた。
「兄者!」
ルームは一言叫び、一瞬、僕のことを睨んだ。
すると、二人は、瞬間移動したのか、黒い霧に飲みこまれるように消えた。




