.9.神々の賭大会(3)
やがて、水鏡が、また別の風景を映しだした。
「ここは、〈泡の裂け目〉だな。ここを過ぎれば、もう、〈ヌムの泉〉がある荒野だ」
つまり、ボス敵前の試練ということだろうか?
四人の目の前には、時折、黒い筋のようなものが現れて、そこから何かの毒々しい気体を吐き出していた。
「空間のひび割れだ! 異界の風に触れたら、存在が引き裂かれるぞ!」
ルーファが、水鏡に向かって叫ぶ。
槍を持った女狩人のトゥルカが、他の皆に告げた。
「風が止む瞬間を見極めて、走るしかない!」
彼らは、岩陰に身を潜め、風の流れを見つめた。
やがて、風が一瞬、止まる。
「今だ!」
四人は、一斉に駆け出し、うまい具合に〈泡の裂け目〉を通り過ぎた。
なんか、アクションゲームみたいだなあ、と思った。
ほっとしたそのとき、広間の後ろの方から、何やら大声が聞こえてきた。
「ああ、分かったよ! なんだい、話があるなら直接、こっちに来れば、いいだろ!」
イアヌーの娘、ルームだった。妖精族の一人に向かって、怒鳴っている。
その妖精族の給仕の男は、必死で、ルームを宥めようとしているようだった。
「うるさい! あたしは、ほとほと親父には、愛想が尽きたよ! もう出ていく!」
宴会の会場が、しんとなった。
ルームは、椅子から立ち上がると、広間を出ていった。慌てて、妖精族の給仕が後を追った。
シヴズが、肩をすくめた。
「ありゃ、賭大会に出ていることを、イアヌーとネフィールに咎められたんだろうね」
「ふむ……ちと、まずいかもしらん。アムと合流されると……」
ルーファが髭を撫でながら、思案の表情をする。
そのとき、また水鏡が、別の風景を映しだした。
四人は、荒野を歩いているようだった。砂嵐が酷く、水鏡の風景も、少し先までしか見えない。
しかし、女狩人のナヤは方向感覚が優れているようで、彼女の示す通りに進むと、やがて、オアシスらしき緑の場所が見えてきた。
「ここが、〈入らずの森〉手前の〈ヌムの泉〉だ」
ルーファが、じっとその泉を眺める。
その泉には、白い蛇のような胴体に、海棲生物の触手が蠢く異形の怪物〈ヴォン獣〉が、とぐろを巻いていた。顎のない頭部には複眼がいくつかあり、長い触角のようなものが生えている。
人間の若者たちは、フリーズしたように止まった。
「……戦うしかない」
トゥルカが、槍を構える。しかし、動きだすのは、躊躇しているようだ。
「……なかなか、凶悪そうな生き物ですね?」
「あれは、皆が驚いて帰るように造られたとか、昔、我が母様に聞いている。さて」
ルーファは、服の袂から水晶の塊のようなものを取りだし、水鏡に向かって投げた。
「これを使うのだ! ワシが〈次空の浜辺〉に行くときにも、たまに使っておる」
水晶の塊は、水鏡にぼちゃんと当たると、そのまま、沈んでいった……と思ったら、トゥルカの目の前に、落ちた。
「これは、〈麻痺結晶〉だ! 動物の神経を麻痺させる特殊な波動を放つぞ。まずは、触手を封じろ!」
トゥルカは、上空に向かって頷いた。
「投げる!」
トゥルカが〈麻痺結晶〉を投じると、上手い具合に、ヴォン獣の触手の間に落ちた。
次の瞬間、青白い閃光が走った。
すると、触手が痙攣し、地面に崩れ落ちた。
「今だ、突撃!」
若者たちは、槍と短刀を手に、〈ヴォン獣〉の胴体へと突進する。
だが、怪物は、まだ完全には動きを止めていなかった。残った触手が、ベリを弾き飛ばす。
「どうすれば……いい?」
トゥルカが、叫んだ。
ウィエンは、水鏡の前で、昨日と同じように、必死で祈っていた。
「んぅ?」
すると、なぜか、彼女の手に、木製の笛が現れた。彼女は、『ルグ』が使えないはずだが……。
「これを……」
ウィエンは、震える手で、その笛を僕に差しだした。その笛は、強い『ルグ』の力を秘めていることが、直感的に分かった。
「ありがとう、ウィエン。君の力を借りるよ!」
僕も、『ルグ』を込めて、ウィエンの笛を水鏡に投げた。
すると、その笛は、長髪の女狩人、ナヤの前に落ちた。
「これも、使って!」
僕の声が、水鏡から響く。
ナヤは、一歩前にでて、ウィエンの笛を吹いた。
その音は、まるで、澄んだ野に一筋の光が差すような鮮烈な響きを伴っていた。
元々、笛を吹いたことがあったのか、ナヤは、何かの軽やかな曲を演奏しだした。
すると、〈ヴォン獣〉の触手の動きが穏やかになった。
「……通してくれる?」
ナヤがそう言って、もう一度、旋律を奏でる。
ヴォン獣は、ゆっくりと道を開けた。
「すごい……」
まるで、従えられたように大人しくしている〈ヴォン獣〉から、ナヤは、触角を一本、抜き取った。〈ヴォン獣〉は、身じろぎ一つしなかった。
「やった!」
四人も歓声を上げた。
「ふむ。ワシらの勝ち、じゃな」
宴会の会場がどっと沸いた。若者逹は、勝利を手にし、〈ヴォン獣の触角毛〉を手に入れたのだ。
「笛が、あそこまで通じるとは……なるほど、ウィエンは……」
ヴィードが、目を細めた。すると、ティマアがくわっと目を開いて、告げた。
「そうだ! 直接の力よりも、心の力が試されるのさね」
ティマアが微笑み、ルーファが静かに頷いた。
「人間も、やるものだな。この子たちが、未来を変えるかもしれぬ」
ウィエンは、じっと〈ヴォン獣〉を見つめて、静かに祈っていた。
まるで、ウィエンは、何か、怪物の中に潜んでいるものが見えているんじゃないか、と思った。
***
やがて、賭大会が終わったので、〈ヴォン獣の触角毛〉を受け取ろうと、ウィエンと二人で格納庫に向かった。
その途中、ジードとルーファが、慌てた様子で駆け寄ってきた。
「ユウ、大変だ! ルームが、家出した!」
「えっ、家出?」
「うん。イアヌーが、ルームをこっぴどく叱ったんだ。ルームが、賭大会にこっそり参加してたのがバレてね」
ルームは、先程、大声を上げていたが――親が参加していないのに、子供が参加したから怒られたのだろうか、と思った。
「アムの方も、この間から家出していて。とうちゃんが、何か邪悪なことをしようとしているって心配してたけど……ユウに聞いたとおり、さ」
僕は、ジードに、以前見た夢のことも説明していた。
「それで、ルームは、アムと合流するつもりなの?」
「たぶん……ルームはアムの双子の妹だから、すごく仲がよいんだ。二人で、〈次空の浜辺〉に向かったらしい」
「うむ。〈次空の浜辺〉は、高次元との境界でな。おぬしを拾った場所だ。実はな、〈次空の浜辺〉には、特別な『防護力膜』が張ってあってな。あいつら二人がかりなら、破れるかもしれんのだ……」
ルーファが、そう話しかけたとき、突然、空が赤く染まり、遠くから炎の熱のような気配が漂ってきた。
「な、なに?」
ウィエンが、呆気にとられたような表情で、その景色を見つめた。
「まずい!」
ルーファが叫んだとき、空から、重々しい声が響いた。
「……我は、すぐ戻ってくる。せいぜい、終末の時までのつかの間の宴を楽しむがいい……」
「『火の人』……」
ジードが、驚愕の表情で、呟いた。
ルーファは、吐き捨てるように、言った。
「戦いは避けられぬ。どういう結末になろうとも、〈オーネ〉の秩序連鎖は変わる、であろう」
空は元に戻り、夕暮れから星が瞬き始めたものの、僕は、胸のざわめきを抑えることができなかった。
※ようやく、終盤です。あと2チャプターくらいです。もう少しおつき合いくださいです。




