.9.神々の賭大会(2)
水鏡の映像では、四人の進む先で霧が晴れ、黒曜石の岩肌が露わになったところだった。
「おお! やったな」
ルーファが、葡萄酒らしい酒を飲みながら、上機嫌で言った。
しかし、横のテーブルにいる、青髪で長い三つ編みの女の『神族』は、渋い表情をしていた。どうやら、四人が〈ヴォン獣の触角毛〉を採れない方に賭けているようだ。
やがて、水鏡の風景が、別の場所になった。
「〈オーネ〉では、場所によって、時間の進み方が一つ、一定ではないのだ。このディフィネ山から離れるほど、蓋然性が非特定になるでな。この水鏡は、その流れを掬うように合わせられるから、我々が『ルグ』でつなぎ留められる」
つまり――単に彼ら四人の様子をリアルタイムにリモートカメラで見ているのではないということだろうか? 頭がこんがらかるような感じがした。
「はあ……でも、彼らと昨日話せましたが……?」
「うむ、今、ここと水鏡の向こうとは、つながっておるからな。ほら、次の試練の場所にでたようだぞ?」
四人は、谷から開けた草原のような場所に出たようだった。
彼らは、牙のある巨大な鼬のような姿をした獣が、木の上に寝そべっているのを見ていた。
「これが、〈ヴォン獣〉ですか?」
「いいえ、違うわ。これは、クルンルと呼ばれる獣よ。『石の人』から生まれた獣の一種で、『ルグ』は持っていないわ」
ヴィードの言葉に、確かに、人間以外の動物もいたなあ、と頷いた。
「でも、猛獣に見えますよ?」
「そうね、人間には危険ね。音に敏感で、わずかな物音にも反応して襲いかかってくるわ」
「……ベリ、気を付けて! ここは……静かに!」
ウィエンが小さな声で、槍を持った青年に告げる。昨日、どうしても行くと言い張っていた人だ。
彼は、もう一人の弓を持った青年に、目配せする。
だが、その髭もじゃの男は、足を滑らせ、小石を転がしてしまった。
「サリ!」
ウィエンは、口を覆って悲鳴を上げるように言った。
すると、木の上にいた獣が、起き上がり、下に降り始めた。
「走れ!」
女狩人のトゥルカが叫び、仲間を引っ張って、駆けだした。
クルンルが咆哮し、地を蹴って追いかけてくる。
その時、長髪の女狩人のナヤが、腰の袋から香草を取り出し、火だねで火をつけた。
「この煙……眠り草よ!」
煙がクルンルの鼻先に届くと、獣は足を止めた。そして、煙が嫌いだったのか、木の方に戻っていく。
「……助かった」
青年ベリが、槍を置いて、息をついた。
「ナヤ、すごい!」
ウィエンが喜んだ。すると、髭もじゃ男のサリが、笛で短く旋律を奏でた。どうも、感謝の意を示すらしい。
ルーファが、杯を傾ける。
「ふむ、なかなかやるな」
「まあ、頑張るじゃないか!」
隣のテーブルの青髪の『神族』が、手を開いて叫んだ。
「シヴズよ、ワシが真の地下の神となる日は近いな」
「なんだい! 煉獄の『権力』は渡さないよ! どうせ、あいつらは、〈ヴォン獣〉には、通じないさ」
――賭大会で何を賭けているのかと思っていたけれど、『神族』としての権限のようなものを賭けているのだろうか?
「おぅ。こいつは、煉獄の神のシヴズだ。腐れ縁でな。悪い『神族』ではないのだが、時々、意見が合わぬな」
ルーファが、僕に、その『神族』を紹介した。
「ユウです。よろしくお願いします」
「どうもね!」
シヴズは、愛想笑いを浮かべて礼をした後、ルーファに向き直った。
「でも、ルーファ、あんたと馴れ合うつもりはないよ! こんな茶番をやらないで、すぐアムを追いかければ良かったのにさ。いや、今からでも遅くないよ〈礫象の枝〉を取り返すんだよ!」
「そのように、言うでない。我が母の先見だ。最も、蓋然性の流れに、枝さすものではないか」
ルーファは、ちらりとティマアの方を向いて、言った。そのティマアの方は、目を瞑って、寝ているのか起きているのか分からなかった。
「そりゃそうだけどさ、あたしは、まだるっこしいのは嫌いなんだよ!」
「ワシの姪っ子と、気が合いそうだな……」
ルーファが、髭を撫でながら苦笑した。ウィードは、そんな二人の様子を呆れたように見ていた。
それにしても、このシヴズは〈礫象の枝〉の件を知っているようだったが……どの『神族』に、どういう風に説明されているのだろう?




