.8.礫象の枝(4)
ともかく、僕とウィエンは、また人間の村に行くことにした。
村の長の家に行くと、彼は、得意げに説明した。
「ウィエン様が大変だと聞いた者がおりまして、狩人の中でも腕がいいトゥルカ、ナヤ、ベリ、サリの四人が、〈ヴォン獣〉を狩りに行きました」
ウィエンは、頭を振った。
「どうして、行かせたの? 〈ヴォン獣〉は、とっても、強いんだって!」
村の長は、ウィエンの剣幕に驚いた表情をする。
「はあ、すみませぬ。皆、ウィエン様が困っているのを、お助けしたかったのですじゃ」
「でも! ウィエン、みんなが傷ついてほしく、ない!」
ウィエンは、涙を浮かべていた。僕は、彼女の前にでて、村の長に尋ねる。
「ところで、彼らがどういうルートで行ったのか、分かる? 連れ戻しに行くから」
「すみませんじゃ。森を直接、突っ切って行くと、言っておりましたで……」
既に夜の帳が下りていたので、〈ブズゥーク〉で探すのは無理だと思った。
「何か、連絡を取る手段はあるかな? 狼煙を上げるとか……」
「それは、なんですじゃ?」
「いや、なんでもない」
……この文明レベルじゃ、狼煙もないのか、と思った。
村の長の家から出ると、キャンプファイヤーのような焚き火を囲んで、何人もの村人たちが祈りを捧げているようだった。
「みんな、四人の無事を、祈っているんだね?」
「そうですじゃ」
祈っていた人たちが、肯定した。
「ウィエンも、祈る! みんな、元気で、ここに帰ってきて!」
焚き火の側に座ったウィエンは、手を組んで目を瞑った。
僕も、焚き火のそばで、ウィエンと肩を並べて座って、祈った。
ひとしきり祈った後、僕はウィエンと並んで村の外れを歩いた。
夜の空気は、ひんやりとしていて、焚き火の残り香が鼻をくすぐる。空には、僕の世界では見たことのない星座の星々が瞬いていた。
「ねえ、ウィエン、きみは、どこに住んでいるの?」
「『アドヴィーエの花園』にね、ウィエンのお家があるんだよ。『働きの人』に教えてもらって、建てたんだ」
「へえ?」
ログハウスのようなものだろうか、と思った。
「ちょっと、ボロボロだから、ちゃんと直してから、ユウも招待する、ね」
ウィエンは、小さく笑った。
しばらく沈黙が続いた。風が草を揺らし、遠くでフクロウのような鳴き声が聞こえる。
「ねえ、ユウ。他の世界の『神族』って、どんな感じ?」
その問いに、僕は少し考えてから答えた。
「正直、僕の世界では、僕はただの高校生だったし、神様なんて呼ばれるような存在じゃない。僕の世界では、神様は、目に見えなくて、祈っても直接応えることは――ごく特別な人にしかない、存在だったかな……」
「え、ユウ、消えちゃう、の?」
ウィエンが驚いたような口調で尋ねた――神様じゃないと言っているのに、まるで、僕が元々神様だったと決めてつけている、ような感じがする。
「もちろん、消えないよ! でも……この世界では、僕の『ルグ』が特別みたいだから、少しずつ受け入れようとしてる」
僕の言葉を聞いたウィエンは、ほっとしたような表情をした。
「ウィエンもね、妖精族の中で、たった一人だけ『ルグ』を使えない、珍しい存在なの。でも、人間たちは、そんなウィエンを受け入れてくれた……」
彼女の声には、少しだけ震えがあった。
「だから、ウィエンは、人間たちを守りたい、って思っているの……」
彼女は、少しだけ目を伏せた。
「……人間は、『神族』とも妖精族とも、ちがう。でも、みんな、一生懸命、生きているの。わたしと同じ、だから……」
「そうか……」
――彼女は、妖精族だというけれど、どこか中間的な存在なのかもしれない。だからこそ、人間たちと心を通わせて、庇護したいと思っているのだろう。
僕は、ウィエンの横顔を見つめた。
「ウィエン……君は、強いよ」
その言葉に、彼女は驚いたように、僕を見た。
「え?」
「君は、自分の思いを知った上で、明確な意志をもって、人間を守ろうとしてる。それって、すごく強いことだと思う」
ウィエンは、しばらく僕の顔を見つめていたが、やがてにこりと笑った。
「ユウ……この世界に、残りたいと、思う?」
ウィエンの問いに、僕は、少しだけ考えてから応えた。
「……まだ分からない。でも、君と一緒なら、悪くないかも」
「ありがとう!」
ウィエンは、大輪のように微笑んだ。
残り火で照らされた、その笑顔が、僕の心に深く刻まれた。
そもそも、何でこの世界に来たのか、分からない。でも、少なくとも、ウィエンと出会えたことは、僕にとって、大きな意味があった、と思った。
その夜、僕は、『ルグ』で伝書鳥をジードに送ってから、村の小屋で眠った。
ウィエンが用意してくれた寝床は、藁と布でできていて、意外と心地よかった。
しかし、ティマアの言葉が、寝入りばなまで、ずっと気になっていた。




