.1.オーネ世界(2)
彼女の後について廊下に出た。
自分の目で見たことが、いまいち信じられなかった。まだ完全には目覚めていない頭が、更に混乱していた。
ためらいがちに彼女に話しかける。
「えーと、あなたは手品師か何か、なんですか?」
「テジナシ? いいえ、妖精族ですわ。〈『時の人』から入でたもの。世界の流れを司る〉種族の一員ですのよ」
僕の頭には、彼女の言葉は意味不明の音節を出鱈目に並べただけのように響いた。
目覚めてからずっと(?)のマークでしか返答できないセリフを聞かされ続けているような気がする。
「うーん……」
いや、ここで諦めては自分が置かれている状況が分からない、と思い直した。
「えっと。『偉大な』王とか言う人は、あなた方、妖精、の王様なのですか?」
外見的には人間にしか見えない人を(妖精)と呼ぶのに抵抗はあった。
でも、ひょっとしたら、この国――オーネって言ったっけ?――では一般的に人間のことを(妖精)と言うのかもしれないと思ったのだ。
しかし、彼女の返事は否定的だった。
「いいえ。『偉大なる王』イアヌー様は、すべての王でいらっしゃいますのよ」
彼女にっこり微笑んでいたものの、なにやら『この人、本当に何も知らないのね』といった感じの憐憫の表情が含まれているように思えた。
でも、眠気のせいで大胆になっていたのか、僕は怯まずにさらに尋ねてみた。
「それでは、この国には他の、種族がいるのですか?」
「もちろんですわ」
「へえ……」
彼女の言葉で、僕の頭の中に、(もしかして、ここは外国なんかではなくて、いわゆる異世界ではないか?)という疑念が沸き起こってきた。
僕も、ごく平均的な高校生であるからして、異世界に飛ばされるというシチュエーションのラノベやアニメなんかは、それなりに見たことがあった。彼女の様子を見ると、そんな突拍子もない推測が、間違っていないように思えたのだ。
「その種族って、人間とか、エルフや、ドワーフ、ゴブリンとかですか?」
「? もちろん、人間はいますけど」
彼女は、笑顔のまま、小首を傾げた。
うーん、いわゆるトロー○キン的なファンタジーではないのだろうか。
「えーと、じゃあ……」
僕が、更に尋ねようとしたとき、彼女は大きな扉の前で止まった。
「さあさ、ここですよ」
彼女は、軽く扉をノックして言った。
「『客人』の方を、お連れいたしました」
「?」
僕は、妙だと思った。
何故か僕の記憶にインプットされているらしい、ここの言葉の知識によると、『』付きの言葉は特殊な相手に使うような尊敬語だった。
人間である僕に使う必要性は、まったくないはずだ。
(ん? やはり人間以外のヒトがいるのかな……?)
しかし、そのことについて深く考える前に、威厳のある声が扉の内側から聞こえてきた。
「うむ。入ってよろしい」
声と同時に、扉がするすると観音開きで開いた。