.7.『働きの人』(2)
その後、『海の宮殿』に戻ると、給仕の人に夕食ができていると告げられた。
夕食の席には、昨晩、姿を見せなかった女の人がいた。ルーファより、少し若い、といったぐらいの歳に見える。
彼女も、茶色の瞳で、東洋人的な外見をしていた。その黒髪は、ソバージュがかかっていて背中までの長さがあった。
ルーファが紹介する。
「ワシの妻で、ジードの母のヴィードだ」
「あなた様のことは、聞き及んでおりますよ。大変でしたね」
「はあ。でも、皆さんによくして頂いています」
「今日は、ジードと一緒だったのですか?」
「はい。朝食を食べた後、『アドヴィーエの花園』に連れて行ってもらいまして……」
僕は、ジードとエクのことを話した。
すると、ルーファが渋い顔をした。
「……あいつには、ユウ殿を案内するよう言っておいたのだが」
「ホホホ。ジードは、小さい頃からエクちゃんにべったりだったものね。最近は、あまり遊びに行っていないと思っていたのだけどねぇ」
「エクは、太陽宮の管理をしておるパームの娘だ。海と空とは協力しあっているのだ。打ち合わせの時に、よくジードを連れて行ったら懐いてしまってな」
太陽……には、やはり『神族』がいるのだろうか? ニンゲンの村で、人類が月に行った話をしても、ニンゲン逹があまり驚いていなかったことを思いだした。
僕が考えていると、ヴィードが話しかけてきた。
「あの子がエクちゃんと行った後、あなたはどうしたの?」
「あ、ウィエンという『妖精』の女の子に会って、人間の村を案内してもらいました」
その言葉に、ルーファは、髭を撫でた。
ヴィードの方は、少し眉を寄せた。
「ウィエン――ああ、『ルグ』が使えなくて、誰にもついていない妖精族の子か」
「あの子ねえ……わたくしは、一緒に旦那様にお仕えしないか、お誘いしたのだけど、断られてしまったのよ。あの子は、あの――ユニークな姿で、他に頼るべき同族もいなかったから、気にかけているのだけど」
「同族……というのは、容姿が似ているということですか?」
「そうね。わたくしの同族は、皆、働きを与えて頂いた『神族』の旦那様にお仕えしていますわ。妖精族は、ほとんど同じ時に大地から生まれたのですけれど、同族で過ごす傾向があってねえ。でも、あの子だけは、なぜか、他に似た同族がいなかったのよ」
「ふむ、彼女は、『神族』との関わりなしに、いつの間にか存在していたらしいからな。どういう『連鎖』が働いたのかは、分からぬが」
「ひょっとして――ウィエンは、僕と同じように、どこか異世界からきたのですか?」
「いいえ。あの子は、確かに〈オーネ〉の妖精族の一人だわ。でも、そうねえ……あなたが〈オーネ〉にきたのは、あの子も何か関係があるような気がするのよねえ」
ルーファは、ふむふむと頷いた。
「ヴィードは、先見の能力がある。ひょっとすると、おぬしとウィエンの娘とが出会うのは、〈オーネ〉の時間軸において『連鎖』が収斂していたのやもしれぬ」
「先見……予言ですか?」
「うむ。ヴィードは、我が母やエパーム程ではないのだが、因果律の収束解を覗き見ることができるのだ」
「オホホ。わたくしの能力は、直感ですわ。揺れ動く未来を、しっかり捉えることはできませんの。でも、当たるのよ」
「はあ……」
食事の後、自室に戻って、ベッドに腰掛けて、先程の会話について考えた。
……ヴィードの言葉を信じるなら、ウィエンと僕とが出会ったのは、何らかの強制力が働いていたのだろうか? でも、経緯がどうであれ、彼女に好意を感じているのは間違いない。そして、彼女を放ってはおけないという気がした。
「まあいいや、寝よう……」
灯を消して、『海の宮殿』の柔らかなベッドに身を沈めた。
毛布を被り、目を瞑った。
***
その夜、深い眠りの中で、また不思議な夢を見た。
白くぼんやりした空間に、女の子が浮かんでいた。見たことがない女の子だというのは分かった。ターバンを左手に抱えたその子は、にこにこと微笑んでいた。
(ついてきて)
女の子が、言葉を話さないでそう伝えてきた。そのまま、二人でふわふわと飛んで、ぼんやりした空間を渡ると、漆黒の空に浮かんだような森の断片が見えてきた。
(しーっ)
森の木の上に止まって、下を見おろすと、荒涼とした岩場があった。
見上げると、空は赤く染まり、風が熱を含んで吹き抜けていた。
岩場で、炎のような赤髪の少年が、筋肉質の大男と何やら話しているのが見えた。
……よく見ようと目をこらす。
少年の髪は風に煽られて燃え上がるように揺れ、瞳は鋭かった。
大男の方は、筋肉隆々の荒々しい雰囲気で、がなり声をあげていた。彼の肌は、焼けた岩のように黒く、腕には火傷のような痕が走っていた。彼の周囲には、ちらちらと火の粉のような光が舞っていた。
少年も、負けずに声を張り上げている。
何を話しているのか内容は理解できなかったが、耳を澄ますと、少年は、大男のことを『火の人』と呼んでいるのが聞こえた。
「『火の人』……お前は、なぜ、あの時、あの場所に現れた?」
大男は、低く唸るような声で答えた。
「それは、お前が呼んだからだ。お前の〈ルグ〉が、炎の記憶を揺り動かした」
少年は、眉をひそめた。
「でも、俺は……そんな、つもりじゃなかった! ただ、守りたかっただけなんだ!」
「守るために火を呼ぶ者は、火に焼かれる覚悟を持たねばならん」
その言葉に、少年は、しばらく黙っていた。
風が吹き、岩場の向こうに赤い光が揺れる。まるで遠くで火山が噴き上がっているかのようだった。
「炎は、使い方次第だ。焼き尽くすことも、温めることもできる。お前が選べ」
少年は、拳を握りしめた。その手の中に、微かな炎が灯ったのが見えた。
「俺は……選ぶ。親父に分からせるために、炎を使う! だけど、お前の復讐を助けるためじゃない!」
大男は、しばらく黙っていたが、やがてゆっくりと頷いた。
「ならば、お前は、火の継承者となるだろう。だが、忘れるな。炎は、常に代償を求める」
その言葉が終わると同時に、風が強く吹き、少年の赤髪が炎のように舞い上がった。岩場の向こうに、巨大な火柱が立ち上がり、空を焦がした。
僕は、その光景を遠くから見ていた――まるで、映画の観客のように。
だが、少年がふと振り返った瞬間、彼の瞳が、僕を捉えたのが分かった。
「お前……見たのか?」
その声が響いた瞬間、夢の世界が揺らぎ、僕は、目を覚ました。
「あれは、何だったんだ?」
目覚めた後、しばらく天井を見つめていた。
夢の中の赤髪の少年と『火の人』と呼ばれた大男の姿が、鮮明に脳裏に残っていた。あれはただの夢だったのか、それとも――。
彼は、そっと呟いた。
「『火の人』……炎の継承者……」
その言葉は、まるで予言のように、僕の胸に残り続けた。
※ここの後半から11年ぶりの新エピソードの箇所です。1話から直してるんですが、文体が多少変わるのは仕方ないですね~。こちらも、最後までAIでは出力できているんですが、ほぼ全面的に書き直しになるので、毎週、1エピソード更新くらいで進めたいと思いますです。




