.7.『働きの人』(1)
また、〈ブズゥーク〉を塔の近くに下ろして出ると、彼女は、そのままスタスタと塔の根元まで歩いていった。
「こんにちはー、いる?」
ウィエンが塔に向かって声をかけると、突然、塔の根本が二重にぶれたように見えた。
「え? うわあ」
次の瞬間、僕たちの目の前に、煙がたち登った。
煙は、まるで空間そのものが揺らいでいるような不思議な感覚を伴っていた。僕は、思わずウィエンの後ろに一歩下がった。
「おーい、でてきて!」
彼女は、煙の中に向かって、まるで旧知の友人に話しかけるように声をかけた。
驚いて目をしばたくと、謎の煙の塊は、次第に色がついていき、半透明の大男になった。
大男は、どことなく物語に出てくるようなアラビア風の服を着ていた。大男の目は琥珀色で、どこか遠くを見ているような印象をうける。
僕は、アラジンのランプの精を思いだした。
「こんにちは、『働きの人』! そろそろ戻ってきたと思ったよ」
ウィエンは、笑顔で、その煙の大男に話しかけた。
「うむ、ウィエン。また、気がついたらこの中にいたようだ」
『働きの人』は、空気を直接震わせるような、男とも女ともつかない無機的な声で応えた。
「こちら、ユウだよ。異世界から召喚された『神族』だよ!」
ウィエンは、僕を指さして、男に紹介した。
『働きの人』は、分かったという表情で頷いた。
「……『働きの人』?」
僕が思わず口にすると、その人物はゆっくりと僕の方を向いた。
「そう呼ばれることもある。だが、本当の名では、ないことは知っている。あなたは、ユウ、だな」
その声は、まるで風の音のように柔らかかった。
すると、ウィエンは、今度は僕のほうを向いて、説明する。
「『働きの人』は、古い『神族』で、いろいろなことを知ってるの。ウィエンのセンセイだよ」
「あなたは、何か知りたいことがあるのだな?」
「はい。僕は……この世界に来たばかりで、まだ何も分かっていません」
働きの人は、微かに頷いた。
「あなたが、この〈オーネ〉に呼ばれたのは、理由がある。あなたは、これから起こる大きな出来事の当事者になるのだ」
いきなりそんなことを言われて、僕は面食らった。
「えーと、あなたは予言の能力があるのですか?」
「予言? いや、わたしは、蓋然性の連鎖の部分最適解を推測できるだけだ」
「それでは、僕がこの世界に呼ばれた理由は何なのですか?」
僕の言葉に、『働きの人』は、ウィエンの方をちらりと見た。
「あなたと、彼女が会ったのは、その理由の一つだ。彼女は、この〈オーネ〉を救う鍵となるだろう」
『働きの人』の言葉に、ウィエンも目を大きく見開いていた。
「えーと、〈オーネ〉には、何か危険が迫っているのですか?」
僕の問いかけに、『働きの人』は、こくりと頷いた。
「それは……〈境界嵐〉とかいう現象に関係ありますか?」
「知ることは、時に重荷となる。だが、あなたには〈ルグ〉がある。それは、この世界において、君が歩むべき道を照らす光となるだろう」
僕は、彼の言葉の意味を理解しようとしたが、どこか抽象的で、掴みどころがなかった。
「ウィエンは、君を案内しているのだな」
「はい。彼女には、いろいろと助けてもらっています」
働きの人は、ウィエンの方を見て、少しだけ目を細めた。
「それでよい」
「はあ……」
そういえば、ルーファが『働きの人』について何か言っていたような……。
「えーと、あなたは、ルーファの杖を作った人ですか?」
「いかにも。そして、わたしは人ではない。『人』という」
「『人』?」
「そうだ。混沌から〈オーネ〉が創世されたとき、初めに生まれた『神族』のことをいう。もっとも、わたしは伝えられた四柱のなかには入っていない。『火の人』『土の人』『石の人』『時の人』と、わたしは一緒にいた。しかし、彼らは仲違いして、残ったのは『土の人』だけだ。私は彼らとは違う。ああ、わたしは誰なのか……」
『働きの人』が言い終えると、彼の姿を形づくっていた煙がだんだん薄くなっていき、やがて、ふっと消えた。
「え?」
僕たちは、しばらく塔の前で立ち尽くした。
ウィエンは、少し残念そうに言うと、僕の方をじっと見つめた。
「行っちゃった。今日は、早かったなー。働きの人は、いつも突然、いなくなるの」
「そうみたいですね」
「……『働きの人』はね、あの姿が本当じゃないんだって。本当の姿を思いだせないから、〈オーネ〉中を探し回っているっていってたの。意識がはっきりしているときには、いろいろなことを教えてくれたり、プレゼントをくれたりするよ」
「彼は、その、自分を探す旅に行ったんですか?」
「うん。もう少し、ユウの話をしたかったな。でも、たぶん、また二~三日帰ってこないよ。『塔』に戻ったら、なんとなく分かるからいいんだけど」
ウィエンは、遠くを見つめる仕草をした。風が吹き抜け、花の香りが漂ってくる。
「そうですか。それでは、これからどうしますか? お家まで送りますよ?」
「え! いいよ。ウィエン、ここからすぐ帰れるから。またね!」
ウィエンは、僕の方に振り返ると、焦ったような表情をして、手を振って走りだした。
突然の行動に、僕はまた呆気にとられた。しかし、思いついて声をかける。
「明日も、朝、ここに来ます! また明日!」
すると、ウィエンはくるりと振り返って大きく手を振った。
「うん! 待ってる! また明日!」
そう言うと、彼女は森の中に入って行った。
僕は、頭をかいた。




