.5.ウィエン(1)
周囲を見ながら歩いているうちに、僕は、例の白い塔のすぐ根本近くまできていた。
花園には、踏み分け道のように地肌が露出しているところがあって、それがちょうど塔まで続いていたのだ。
くだんの塔は、近寄るとかなりの高さがあった。
東京の高層ビルを見上げた時くらいの高さだから、少なくとも百メートルはあるだろう。
「やっぱり、人工物なんだな……」
塔は、硬そうな岩を組み合わせて作られているようだった。
岩の表面は、透明感がある白色で、のっぺりしていた。かなり磨かれている感じで、継ぎ目は、僅かに見えるだけだった。
もちろん、こんなものが自然にできたとは考えられないから、例の『ルグ』を使って誰かが建てたのだろう
碑が彫られていたり、銘板が埋まっていないかとも思ったのだけど、それはなかった。
「じゃあ、周りには、と」
塔の周囲数メートルくらいは、塔と同じような材質の石のタイルが敷き詰めてあった。しかし、そのタイルにも、何も書かれていない。
「反対側は、どうかなー」
そんなことを呟きながら、くるりと隣の辺の側まで歩く。
そこに、先客がいた。
「おっと?」
ぶつかりそうになって、小さな声を上げてしまう。
ちょっと驚いた顔で、女の子が、目をしばたいた。
すごく美人――先ほどのエクのような超絶完璧美人ではなくて、もう少し愛嬌がある感じで、カワイイ。
……と思ったところで、なにか、妙な違和感を感じた。
一瞬、何かのアクセサリーを頭につけているのかなあ、と思った。
しかし、違った。彼女の頭の上に――明るい赤茶色の髪の毛を持ち上げるようにして、銀色っぽい和毛の生えた三角の耳が二つ、にょっきりと生えていたのだ。
そう、まるで猫の耳にそっくりの。
僕が、どうリアクションを取ればいいのか分からなくて戸惑っていると、女の子の方が話しかけてきた。
「こんにちは。わたし、ウィエン。あなたは?」
女の子の言葉は、全然、警戒心がなさそうな感じだった。
「え。あ、その。僕、高槻 裕と申します。一昨日、この世界に流れ着いたみたいで……」
ウィエンと名乗った女の子は、ポンと手を叩いて、楽しそうな表情で言った。
「あ、みんなが噂していた、他の世界から来た、神族ね?」
「はい、たぶん、そうだと思います」
女の子の背中まである長い紫がかった赤茶色の毛が、風に揺れていた。ちらりと見ると、ヒトの耳のあるところには、何もなさそうな感じだった。
彼女は、ごく普通に知り合いに話しかける、といった感じで尋ねてきた。
「どうして花園に来たの?」
「えーと……ジードさんに、こちらの世界の見学に連れてもらっていたんですけど、用事ができたようで……」
それとなく彼女の様子を窺うと、猫のような耳はどう見ても本物だった。細やかな血管が張っているのが分かった。見間違えようもない――彼女との距離がかなり近いので。
「だったら、ウィエンが案内してあげる!」
彼女は、にっこりと微笑んだ。エクとは違って、親しみがもてる感じの笑みだった。頬に、細かな、そばかすがあるのも、なんか悪くない。
「あ、いいんですか?」
「もちろん! ユウは、どこに行きたい?」
本当に、親しげな感じで彼女は尋ねてきた。
僕は、少し戸惑いながらも、少し楽しくなってきていた。
「えーっと、そうですね。この世界には人間がいるという話を聞いたので、そちらに……」
「ニンゲンの村? ウィエン、よく知っているよ!」
すると、ウィエンと名乗った彼女は、本当に嬉しそうな表情で両手を合わせると、自然に僕の手を取っていた。
「こっち!」
ウィエンは、そのまま、花園の反対側に、僕を引っ張ってゆく。
そのまま、すぐにでも走りださんばかりの様子に、僕は少し慌てた。
「あ、えーっと。その人間の村は、ここから、どれくらい離れているのですか?」
彼女は、くるりと振り返って、頬に指を当てた。
「ん? 普通に走って、一刻の半分くらい、かな」
「走って、一刻の二分の一、ですか……」
この世界の時間の流れ方、一日の長さは、僕のいた地球と変わらないような感じだった。
朝、給仕の女の人に聞いたところによると――一刻というのは、一日の十分の一らしい。だいたい、一時間ちょっとだろうか。
このウィエンという女の子は、ちょっと活発そうな感じだから、三十分も走られたら運動不足の僕は保たないかも――微妙な距離かもしれない、と思った。
「えーっと、よかったら、乗り物に乗って行きませんか?」
僕は、〈ブズゥーク〉の方を指さした。花園の中で、艶々した塗装が光を反射していた。
ウィエンは、目を大きく見開いた。
「いいの? ホントウに?」
「ええ」
僕は、何故、彼女が驚いた表情をしているのか分からなかったけれど、頷いた。
「……ジードさんに自由に使って良いと言われているんです。大丈夫ですよ」
「ありがとう。行こう!」
ウィエンは、とても嬉しそうに笑って、また僕の手を引っ張った。
※ようやっとヒロインでてきましたw ウィエンには、ネコミミはありますが尻尾はありません。
※AI描画のウィエンの絵を追記しました(11/20/2025)




