.4.ジードの従姉妹(4)
エクは、花かごを持ちながら背を伸ばして、こちらの方を見た。
それでジードは覚悟を決めたようだった。大声で、叫んだ。
「おはよー。ひさしぶりだね、エク! オーネ世界に新しく来た『神族』の『客人』を紹介するよ!」
僕は、彼の切り替えの早さに、内心、驚いていたけど、笑顔で一緒に応える。
「はじめまして!」
エクは、こっくりと肯いた。女の子は少し驚いたような表情をしていたが、花かごを抱えて、こちらの方に向かって歩いてきた。
僕と、ジードも近づいていった。
やがて、女の子は、それこそ辺り一面に花が咲き誇るような笑顔を浮かべて、僕達……いや、ジードの前に立った。
「こんにちは! ジード」
彼女は、近くで見ると、さらに美しかった。
これは、もう、何かの美術作品に描かれた女神が、そのまま眼前にいるといっても過言ではない。あ、この子は、本当に女神なんだっけ? ――などと思いながら、硬直した。
「やあ、エク。久しぶりだね。元気だった?」
ジードを眺めると、額の横に汗が浮いているのが見えた。声もまだ少し上ずっていた。
「お久しぶりね! エクはね、元気だったよ」
女の子は、少しハスキーな声だったけど、あどけない口調で話した。
完璧美人な外見とのギャップに一瞬、くらっときた。笑うとえくぼができるのも、ちょっとポイントが高いかも。
「こちらは、ユウ。別の世界から訪れた『神族』だよ」
「こんにちわ」
昼間の太陽の千倍は明るそうな笑顔で、挨拶をされた。
微笑みを返そうとしたけれど、彼女の美しさに圧倒されていたから、変な顔になってしまったかもしれない。
「エクと会うのは、春の祭以来だね。なんか変わったことはあった?」
「えっとね。このごろ、〈境界嵐〉と〈出流れ〉があったから、パパが忙しいみたい」
「ああ、ウチのとうちゃんの杖のせいだね。僕も、直せるようになればいいんだけどなあ」
「ジードは、できないの?」
「ああ、あれは、元々存在していたのを『働きの人』に強化してもらったらしいんだよね。『働きの人』に、いろいろ聞きたいんだけど、ほら、なかなか会えないから」
「『砦』にも、たまに来るよ。でも、今度はいつになるか、分からない」
「そうなんだよね、あの『神族』は、神出鬼没だからなあ……」
なにやら、会話が弾みだし、ジードは、彼女と会話するのが楽しくてたまらない、という表情になっていた。
ジードを見つめるエクの雰囲気も、まんざらではなさそうだ。
元々、共通の話題がある訳だから、ようはキッカケだったのかもしれない。
僕は、控えめにして、様子をみる役に徹することにしよう、と内心で決めた。
「……エクもね、『働きの人』を探しているの」
エクの言葉に、ジードは大きく頷いた。
「ああ。それで――ここで花を摘んでいたんだね?」
「うん、そうなの」
二人と僕は、自然に並んで歩き出していた。
横に並ぶと、彼女は、僕とほとんど同じくらいの背の高さだった。
ジードは僕より少し背が低いから、彼女の方がちょっとだけ高いことになる。
「ジェイネが、ここらへんで見た、って言っていたから。エクは、『金黄花ジャム』用の花を摘みながら、探していたわ」
「なるほど。でも、どうして『働きの人』を見つけたいんだい?」
「ママが、『働きの人』に来てほしいって、言っているのよ。ポール炉の調子が悪いから、見てもらいたい、んだって」
「ポール炉? あ、太陽の調整をするヤツね。それなら、僕でも大丈夫だよ」
「ホント?」
エクは、僕に見せたのと同じ感じの、もの凄い笑顔を、ジードに向けた。
ジードも、くらっときたようだった。
「え、あ。も、もちろん! すぐにだって、直しに参上するよ……っと」
そこでジードは、話の外においてきぼりにされていた僕のことを、ようやく見た。
「あ、その。ユウ、ちょっと用事ができたんだけど……」
僕は、深呼吸をして、大きく頷いてみせた。
「僕のことなら気にしないで。僕、一人で散歩をするのも好きなんですよ!」
「……あ、うん。そうだね 帰り道は分かるね?」
ジードは、コクコクと何回もうなずいた。
「はい。あれに乗ればいいんですよね?」
僕は、花園の先にある〈ブズゥーク〉を指さした。
「そうそう。〈ブズゥーク〉は、自由に使っていいから。中に入ったら、念じて、ちょっと『ルグ』を注入すれば動くよ。では、また夕食で!」
それだけ言うと、ジードは彼女に向き直った。
「じゃ、行こうか」
「はい」
彼女は微笑むと、僕を少しだけ振り返って手を振った。思わず、僕も、笑顔で手を振ってしまう。
次の瞬間、ジードとエクは空に浮かび上がって、ぐんぐん上空に向かって登っていった。
じっと見つめると、二人が手をつないでいるのが見える。この空の上に、彼女の住む『砦』とやらがあるのだろうか?
「へえ。別に鳥に変身しなくても、飛べるんだなあ」
思わず、そんな言葉を呟きながら、見入ってしまう。
それにしても、声もかけられないという話だったのが――まるで昔からの仲むつまじい恋人同士のように話していたようだ。
これで、上手くいってしまうのだろうか。
「ふう」
いい加減、首が痛くなってきたので、姿勢を戻す。
「ま、めでたしめでたし、だね」
呟いたが、なんとなく、微妙に、喪失感に似た気分を覚えているのに気づいて、小首を傾げた。
「うーん?」
ひょっとして、エクとかいう『神族』に一目惚れしてしまったのだろうか?
「いや、そんなことはない、と思う、けど……」
彼女は、現実離れした美麗さだった。だから、目の前からいなくなっただけで、美術品を見納めしたような、ちょっと寂しい気分になったのかもしれない、と思った。
それと、僕が、振られた女の子のことを久しぶりに思い出したせいもある、かもしれない。
あの彼女は、考えてみれば、エクにごく僅かに容姿が似ていなくもない……かなあ? いや、彼女は、そもそも日本人だったし。
「しかし、あれは痛い記憶だった……」
僕は、思わず呟いていた。
そういえば、僕が出した『恥ずかしい手紙』は、どうやらくだんの女の子の友人達の間で回し読みされていたらしかった。次の日に、女子が僕を見つめる視線が痛かったっけ。
「わーー。思い出したくないーー……」
地球の中心まで埋まってしまいたい経験だった。最近は、あまり思いださなくなっていたのだが。
じたんだを踏みつつ、わざと口笛を吹いて、花園を歩き出した。
※主人公の手紙云々は、筆者の過去の記憶とはまったく関係ありません。本当です(汗




