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色々分類に困ってしまいました、短編集達です

我らが旗は未だ空に

作者: 茶屋ノ壽

 朝の7時30分、軽快な音楽と共に、原色を多用した戦闘服を身につけた、”正義の味方”が画面を所狭しと舞い踊っている。

 老人はそれを、視界の端におさめながら、古びた台所で朝食の準備をしていく。連れ合いも無く、独り身の安アパートでの借家ぐらし。ただ、こだわりはあり、鰹節を削るところから、味噌汁を作って行く。飯はこれまた年期の入ったガスコンロを使い、土鍋で炊いている。

 60の半ばを過ぎて、食が細くなり、三食を食べることも少なくなったが、この老人、朝食だけはしっかりと食べる主義であった。味噌汁の具は好物の油揚げ、それと、大根。炊きたての飯と、魚の干物。干物は魚焼き用のグリルを使っている。他のコンロで、同時に卵焼きを作る。


 大きめな茶碗に飯を山盛りにし、焼きたての魚の干物、今日は鯵の開きを、平皿にのせる。平皿の空いたスペースに、卵焼きを乗せる。でんと、大きめに切ったやつを3切れ。味噌汁をこれも大きめの木の椀につぎ、食卓へと置く。しょうしょう野菜が足りないなと、冷蔵庫から昨晩のほうれん草のおひたしの小鉢をだし、味噌汁の出汁に使った鰹節をのせる。

 平皿の干物と、卵焼きに、ちー、と、醤油をかける、健康に気を使って減塩タイプである。醤油の香りが、食欲をそそる。


 「いただきます」席に着いた老人は、そう言い食事をはじめる。

 テレビでは、そろそろ、今週のやられ役の”怪人”が、”正義の味方”からのド派手な必殺技をくらって、爆散するころだった。


 老人、食事をする時は、まず汁物から食べることにしている。大きな椀を手に取る。彼は中庸な体格の老人であるが、男の大きく無骨な手と、その素朴な木の椀は、長く付き合っていた相棒のごとくしっくりとあっていた。右手で箸をあやつりながら、木の椀から、一口、味噌汁をすする。続いて油揚げ、豆腐屋で買った味のしみ込んだそれを咀嚼する。口の中に広がる塩っけと、大豆の香り。

 その風味を口に残したまま、次は飯。白い飯である。この老人、白い飯が大好物であり、飯をおかずに飯を食えると常々豪語している。

 むわし、と大きく口をあけ、ほおばる。続いて、また一口味噌汁。朝から、いや、朝だからこその旺盛な食欲、差し迫った空腹と言う名の”怪人”を”正義の味方”である”飯”が、一気に、果敢に、駆逐して行く。

 わしわしと、飯を食べる。素早く、しかし、よく噛んで、炊いた飯が少し甘いか?と感じるか感じないかのところで、飲み込んでゆく。胃の中にとんとんと、飯が積み重なって行く幻想が、老人の頭に浮かぶ。

 次に、鯵の開き。器用に箸でほぐして行く。この箸も長く使っている。もう20年くらいこの箸のはずであると、老人は思いつつ、干物の飴色に焼かれた表面を崩し、中の白い身を外気に触れさせる。この身をまた、皿の上の醤油につけ、口に運ぶ。

 特筆することも無い、どこにでもある干物である。しかし、いい塩加減である。老人はこの歳でも味はしっかりと塩味が効いている方が良いとする、ご仁であった。

 そして、その魚で、また飯である。けしてがっつくという程ではないが、一口一口が大きいので、すでに大きな茶碗の飯は残り少ない。ざくざくと食べ切ると、そのまま土鍋から直接お代わりを、またしても山盛りにする。

 今度は、卵焼きである。コレステロールを考えると控えた方が良い食材ではあるが、彼は、好きな物を我慢して長生きをするか、食べて満足するかと問われると、迷うこと無く後者を選ぶ性格であった、もっとも減塩醤油を使うにあたっては、かなり迷ったが、風味がそれほど損なわれないので、妥協したのであったなと、ちらりと思い出す。

 しかし、卵焼きは譲れない。これもまた、塩味である。だし巻きとかいうものも好きではあるが、老人はシンプルに、塩で薄めに味をつけ、それに醤油をかけて食べるのが好物である、それもできたての温かなものであれば言うことは無い。

 彼の若いころは、卵焼きというものはまごうことなき”ご馳走”であった。特に極貧ということも無かったが、食生活が無機質であったので、この手の手料理というのは、当時の老人の認識外であったのだ。たまたま食べた、この黄色の美味。あのときの感動は、生涯忘れることは出来ないだろうな、と、しみじみと思う。そして、また、食べることに集中していく。

 食事は無心で行うべきであるというか、無心になる。美味い。満たされていく。老人はばくばくと食べながら、笑みを浮かべた。


 「ごちそうさまでした」食事の終わりに茶碗へ、ほうじ茶をそそぎ、飲み干した老人は、ほう、と一息をついた後、挨拶をする。

 テレビからは、自走二輪を操る、”仮面の変身ヒーロー”が、なにやら叫んでいた。何かしら哲学的な悩みがあるらしい。美味い飯でも食えば良いのでは?と老人は声にならない助言をしてみる。


 老人はテレビをなんとなく見続ける。半ば時計代わりではあるが、この時間帯の番組は、興味の対象でもある。何か懐かしい物を見るような、痛ましいものを見るような。

 幼子を見て微笑ましいと思いつつ、その無邪気な愚かさが、昔を思い出して恥ずかしい、のか、と老人は自問自答する。


 と、テレビが、一瞬何を言っているのか分からなくなる。老人は歳をとって衰えたか?と自分の耳と目を疑った。が、まごうことなきそれが、事実である、と認識すると

 すう、と、目を細めた。ここ数年無かったほどの、怒気に包まれる。これは、食べた豆腐が遺伝子組み換え大豆を使用していたと知ったときに匹敵するなと、どこか冷静に思う老人がいた。


 老人のすごみのある目の先、テレビの品のないテロップには

”伝説の初代大首領、ついに復活か!?”とあった


        ※


 なぜか、郊外の、なにも無いのっぱらで、”仮面の英雄”と”原色の戦隊”が、不気味な衣装に身を包んだ、巨大な”悪の初代大首領”と、その配下の”復活した四天王”に対峙していた。


 『ふははははは、今代の”英雄”はこの程度のものか!』3メートル近い大きな身体の”大首領”がばさりとマントを翻す。

 左右に控えるのは、

 巨大な”大首領”をさらに越える、5メートルほどの巨漢。四天王、”力王”

 策略、奸計、知謀、策謀は本能、卑怯、卑劣は褒め言葉。四天王、”知王”

 享楽と、刹那的な快楽、気まぐれと、加虐趣味、ないすばでぃなお姉さん。四天王、”色王”

 純粋、無邪気、無知ゆえの悪意そのもの、そして埒外の幸運のみで全ての展開をねじ伏せる。四天王、”命王”

 そして、彼等の配下には無数の歴代、悪の一般戦闘員が、うごめいている。


 今期に活躍する”英雄”は、シナリオの筋書き通りに、窮地におちいっていた。圧倒的な敵の能力の前に、なす術もない。

 しかし、地に倒れ伏し、命運が尽きようとした時に、時間と、空間を越えた”演出”のがされたのち、過去に活躍した”英雄”達が増援として駆けつける。

 状況は逆転した。逆境が、覆されていく。子供だましの、だけれども、熱い展開。なつかしの”英雄”達の必殺技がやられ役の”怪人”に放たれ、見ているものの郷愁をかき立てる。

 一転として窮地に立たされる、”伝説の初代大首領”達、とうとう四天王の一人がとある”英雄”の突進する必殺技に貫かれようとしたとき、


 戦場にテーマソングが流れ出す。軽快でいてしかし、どことなく不安にさせる。鋭く、重厚でありながら、不安定。そして、高らかに歌い上げられ、三度繰り返される、”初代悪の軍団”の名。

 場が固まる、戦うもの全員、音楽が指し示す、新たな登場人物を探していく。

 それは、吹きすさぶ、土ぼこりの向こうから、歩いてやってきた。古く着古した、軍服を模した初代戦闘員の制服を身にまとっていた。顔の上半分は黒いマスクにすっぽりと覆われていて、白い髭の生えた口元のみが見えている。

 それは、ぼろぼろのマントを翻していた。いやそれは、マントではない、それは正しく”初代悪の軍団”の”軍団旗”であった。


 その戦闘員は、四天王へ必殺技を放とうとしていた”英雄”に、悠然と歩み寄ると、その、”英雄”の限界まで引き絞られた技を、はじき飛ばす。ただの、グローブに包まれた拳で。

 「軽い、軽いぞ”英雄”よ」その戦闘員は獰猛な笑みを浮かべながら、話す、その渋みの有る声は積み重なった重厚な年月を感じさせ、戦場に良く響く。

 

 場が、その戦闘員に支配される。”英雄”はその戦闘員に対することを中心に陣を敷き直しす、また、なぜか、”伝説の初代大首領”側も身構えていく。

 戦闘員のテーマソングが、鳴り響き、戦闘が、みたたび、仕切り直される。シナリオを逸脱した、最終場面転換であった。


 ひと言で言うと、”強い”。二言だと”、とてつもなく強い”

 戦闘員はそうとしか言い表わせない存在だった


 ”英雄”の必殺技をことごとく無効化し、”首領”や”四天王”の技を軽くいなす。武器は拳と、蹴りのみ。しかし、面白いように色とりどりの”英雄”達を、吹き飛ばしていく。

「武器や機構にたよりすぎなのであるよ!」

「目先の派手さを優先するあまり、隙だらけである。商業戦略を優先し過ぎである!」

「……初代”英雄”が現役で”出演”するならまだしも、まがい物の”再生英雄”が本物の戦場に立つのではない!」

 きっちり、ダメだしをしながら、まとめて”英雄”を吹き飛ばしていく戦闘員。


 同じように、”悪の軍団”側も、吹き飛ばしていく”戦闘員”。

「”力王”の力はこんなものではなかった!」巨体を吹き飛ばす。

「そもそも”知王”が前線にでるのがおかしかろうが!」踏みつける。

「”色王”は初代”英雄”と”幸せ”になったのだろうが、設定を無視するでない!」顎への掌底で、昏倒させる。

「”命王”あなた様には、あとで話があります!」ニヤニヤ笑っている”命王”を睨みつける。

 戦闘員は、三人の”再生””四天王”を瞬く間に排除する。

 一人の、享楽的刹那的にシナリオに、”再生四天王”のふりをして、参加していた、この中で唯一本物の四天王”命王”へ、叫ぶ。


「そして、一番、許せないのは、このようなまがい物を大首領として担ぎだしたことだ!」渾身の一撃で、”伝説の初代大首領”(偽)を叩き伏せる。


 茶番劇の戦場は阿鼻叫喚の渦に巻き込まれ、後には地に倒れうめき声をあげる”英雄”と、機能を停止した、偽物の”悪の軍団”一同が、転がっているのみだった。

 ”戦闘員”は、周囲を飛び回る無人撮影装置に向かって、言う。

「今後、またこのような、ふざけたことをしでかしたら」ためを作る

「国ごとつぶすぞ」にやりと、覆面の外に出ている口を獰猛に歪めて笑う

「我ら、この旗の元に集いし、”軍団”は、未だに滅んではいないのであるから」

 カメラの向こう側にいる、彼等に、見せるつけるように、旗を高く掲げた。


       ※


 1975年の4月、世界征服を目標に掲げる”秘密結社””悪の軍団”が、社会に認知された。

 その悪の結社に対抗するために、正義の立場で、”英雄”とよばれる存在が現れた。

 最初のそれは、言葉そのものであった、純粋に世界制服を企む、秘密結社と正義の味方の戦い。

 しかし、いつしか、とある”財団”がその構造に目をつけた。

 時は折しも、近くの国同士が起こした戦争による好景気が終わり、経済活動が落ち込み初めていた時期であった。

 商売のタネを求めていた、”財団”は、明確な敵に対抗するための”家庭に常備する””自衛の商品”の売り込みという、新たな商売を思いついたのである。

 初代の”英雄”へ、協賛企業として名乗りを上げ、数々の”商品”を提供し、”悪の軍団”への戦闘を補助しつつ、その”商品”の廉価版を、自衛のため一般市民にも販売をはじめたのであった。

 じきに、家庭に備え付ける消火器と変わらないレベルまで、家庭に浸透した、”自衛”の”商品”は安定した売り上げを確保し、”財団”の貴重な収入源となったのであった。

 そして、ここから、利益を確保しようとする”財団”と、安定した税収と、治安維持とのバランスを制御しようとした”国”とが、密かに結託をはじめたのである。

 というのも、”財団”の支援と、”英雄”の資質により、”悪の軍団”が追いつめられ、瓦解してしまったからである。

 当然、”悪の軍団”に対抗する為の商品という、設定で商売をしていた”財団”は売り上げを落とすことになる、しかし、この事を予想していた”財団”は、ある一手を指すのである。

 自ら、”新しい””次の””悪の軍団”を作り出して、さらにそれに対抗する”次代”の”新しい””英雄”を用意するという、戦略である。

 とある”財団”は”国”を巻き込んで暴走をはじめたのであった。


 その後、”財団”は定期的に、”悪の軍団”とそれに対する”英雄”を作り出しつつ、市民の不安を適度にあおり、”自衛”の”商品”を販売してきたのである。昨今は実際的な商品のみではなく、”英雄”やそれにまつわる登場人物を題材にした映像作品や、収集物、いわゆるトレーディングカードや、ソフトビニール製や金属製の人形、電子媒体のおもちゃの販売にも手を伸ばし、安定した収入を得ている。


「国の経済、その根幹に関わるところまで、”財団”が関わっているし、多くの人間に職を与えているという点では、必要悪かも知れなんだけどねー」見た目、小学校高学年くらいの少年が、ケーキを食べながら、老人に言う。

「”命王”様、それは私の重々承知で、その点では、いまさら敗軍の一兵卒が、とやかく文句はいいません。しかし今回は、問題ですぞ」老人は、ちゃぶ台にならぶ甘味のうち、羊羹へ楊枝を刺しつつ、苦々しく話す

「確かに、調子にのっちゃったねー、彼ら。ボクらの首領を、それも”不完全”なままで、担ぎだすなんてね、さすがに面白そうだから、久方ぶりにこの業界へ戻ってきたけど」無邪気に笑う少年

「……そこで、『面白い』から参加するというのもどうかと思いますが、それが、”業”でありますからな、あなた様は」

「予想通り、予想外で面白かったよ?まさか、”伝説の最強平戦闘員”にまた再会できるとは思わなかったし」無邪気に笑う

「まあ、朝のニュースで流れた段階で、私の参戦は、あなた様には予想できたでしょうな。……あれは、看過できませんでしたな、さすがに」

「あの頃も僕は、”楽しかった”からねー、その時の象徴達を単なる狂言回しにして、お祭りにしようなんて……」

「非常に『面白い』ですか」笑う老人

「うん」

「まあ、きっちり、おとしまえをつけさせてもらいましたし。これでもうしばらくは懲りて、静かになるでしょう」熱い茶をすすりつつ。

「だねー、あ、そうそう”色王”、とうとうおばあちゃんになったてさ」

「おお、お孫さんが生まれたのですな、まあ、もう良いお年ですし」

「それ、”色王”の前で言ったら『面白い』ことになるよ」にんまり笑う”命王”

「ハッハッハ」乾いた笑い「初代”英雄”どのも、大変でしょうな」取り繕うように

「押し掛け女房ではあったけど、結構まんざらでもなさそうだったね。”色王”のお孫さんを見に行った時にあったけど、元気そうだった」

「それはそれは」

「顔を合わせた瞬間に、”最終必殺技”を放ってきた」

「……それはそれは」


 最初の悪の秘密結社、その四天王の一人と、唯の平戦闘員(しかし最強)、の物騒なような、そうでないような会話が、昼下がりの安アパートで交わされていった

 どうやら、今日も世界は平和らしい


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