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岩岡家の一番強い人間(2)

 リリィは正真正銘のオカマ野郎だ。同時に俺の兄貴でもある。

 もちろん俺とリリィは血の繋がった兄弟じゃない。リリィは金髪で俺は黒髪だし、リリィはブラウンの瞳をしていて俺の瞳はブラックだ。リリィは英語を話して、俺は日本語を話す。体格も違う。俺は身長が一八〇センチで筋肉質だが、リリィはそのさらに一回り大きな体格をしてる。それにヤツはまるで往年のプロレスラーみたいに贅肉が多い。それでもリリィの筋肉量がかなりのもんだ。

 もう九ヶ月くらい前になるだろうか。

 リリィは新しい母さんと、三千冊は超えようかというジャパニーズコミックと一緒に日本にやってきた。しかも腰をくねくねさせながらだ。

 リリィの漫画が詰まったダンボールを家に積み込むのにたっぷり四時間かかって疲れ果てていた俺に手を差し伸べながら、リリィが片言の日本語で放った言葉を、俺は今でも忘れることができない。


「兄トハ常ニ、弟ノ先ヲ行ッテイナケレバイケナイ」


 今にして思えば何かの漫画の受け売りだったんだろうが、俺は俺のことを馬鹿にしている言葉だと受け取った。目の前の外人は俺より上に立とうとしていると判断した。俺の血は沸騰した。

 俺は体を跳ね起こし、リリィとの距離を一瞬で詰めると、そのデカいアゴを右斜め下から突き上げるように拳で打ち抜き、崩れ落ちる巨体を襟で支えて掴まえると、膝でリリィの腹を三度蹴り上げた。

 目の前で行われる迫力満点の兄弟喧嘩を見た新しい母さんが甲高い悲鳴を上げる。すると俺は二階から飛び降りてきた親父に殴り飛ばされて廊下を三メートルほど滑って漆喰の壁にひどく頭を打ちつけて気を失った。


 なんて素晴らしい俺の家族たち!


 俺もリリィも気を失ったものの、俺とリリィの上下関係はその瞬間から一瞬にして逆転した。

 俺は誰にもナメられたくなかったし、それは新しく俺の兄貴となった異国からきたオカマ男だって例外ではなかった。

 それ以来、どういうわけかリリィは俺に懐くようになり、共同生活を始めて一週間が経つ頃には猫なで声を出して俺に甘えてくるようになった。もちろんそのたびに俺はこっぴどく痛めつけるのだが、リリィはアホなのか寝るとき以外のほとんどの時間を俺と過ごそうとしていた。

 ひょっとすると日本に来たばかりで寂しかったのかもしれない、もちろん俺の知ったことじゃないのだが。

 そういえばこんなことがあった。

 リリィは俺の部屋のドアを思い切り開けると、顔を真っ青にして何て言っているかよく分からない英語でわめきながら、俺のベッドの上に乗って腰をくねくねとさせた。


「なんだよリリィ、今いいとこだったんだから」俺は読みかけのヤングマガジンをリリィに向かって投げつける。


 リリィは俺の手を取って自分の部屋へと連れていった。

 ははん、さてはゴキブリでも出たんだなと俺は思うが、そこにいたのはなんと真っ白なハトだった。


「ハトじゃねぇか。どうしたんだよこれ?」


 リリィの言っている内容はよく分からなかったけど、どうも公園にいたハトが可愛かったから連れて帰ってきたらしい。イギリス人というものは可愛かったらなんでも持って帰ってしまうのだろうか?いやきっとたぶんこいつだけだろう。

 どうも家で飼いたいから親父のことを説得してほしいと俺に頼んでいるようにも聞こえたが、それは俺にも不可能なことだった。親父は動物が嫌いなのだ。

 かわいそうな白ハトは俺が窓から逃がしてやった。号泣するリリィを見ながら、俺みたいな奴でもなんだかんだで頼られてるんだな、と思った。

 どうってことない俺とリリィのエピソードだ。

 白ハトの話の後で恐縮だが、俺とリリィは高校生で、人生で最も暴力に満ちた時間の中にいた。

 俺の通う高校に転校してきたリリィと一緒に登下校することは、親父からの命令だった。

 俺はどうやら俺のことを頼りにしている、まったく会話の通じないリリィと並んで毎日学校から帰る。そんなちぐはぐな光景は、もはや俺たちの高校の名物となっているようだった。


「ぺらぺーらぺーらぺら」

「なに言ってるか分かんねーての。ってかお前さ、あんだけ漫画読んでるくせに、日本語分かんねーのかよ」

「ぺらぺーらぺーらぺらぺーらファッキンぺらぺーらぺぺーら」

「お前、今ファッキンって言っただろ?」

「ノー、ぺらぺーらぺぺーらファッキンぺらぺーら」

「あ、こいつまた言いやがった」


 そんな感じでリリィの意味の分からないオカマ声を聞きながら長い坂道を下っていくのが、俺たちの日課だ。

 坂道を下り終えると駅が見えてきて、そこから電車で三駅下れば俺とリリィの住む町にたどり着く。だが何事もなく俺たちの平和な町にたどり着けるのは、だいたい週に一度くらいだ。あぁなんてバイオレンスな俺の人生!バイオレンスマイライフ!

 駅前辺りで俺を待ち伏せする人間は三種類いた。①俺をボコって名を上げようとする馬鹿。②俺にボコられて復讐しようとする馬鹿。③俺に繰り返しボコられて頭がおかしくなって俺のことを殺そうとしている馬鹿。

 そして今日、俺とリリィの前に現れたのは③の馬鹿だった。兵藤という名の馬鹿だ。

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