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HERO(2)

 恥ずかしい話だが、俺は新聞に『ヒーロー急募』の広告を出していた電話番号に電話するかどうか丸三日迷った。今もこうやって居間で頭を抱えたまま、ちゃぶ台の上に置いた携帯電話を眺めては、奇妙なうめき声をあげてもんどりうっている。

 テレビで流れっぱなしになっているニュース番組では、ここ最近毎日のように報道されている犯罪チームについて特集を組んでいるようだった。犯罪の形態もここ数年ですっかり変わってしまったようで、犯罪者たちはネット上で気の合う仲間を見つけては徒党を組んで、中高生相手に強盗したり銀行を襲ったりを繰り返していた。娯楽的犯罪者集団、まるでバットマンの世界だ。

 同じチームなのかいくつかのチームがあるのか知らないが、どうやら俺の町でもチーム犯罪が行われているらしい。


「本当に恐ろしいですね、犯行チームが早く捕まってくれるのを祈ります」


 キャスターが真剣な顔でまとめると、画面が切り替わって明日の天気予報の画面を映し始めた。俺はテレビの電源を切り、ようやく携帯電話を手に取った。俺はついに決断した。

 ポケットから何度も取り出しては戻してを繰り返してくしゃくしゃになった新聞紙の切れ端を取り出し、番号を確認しながら携帯に入力していく。

 えいや、と発信ボタンをプッシュするが、呼び出しコールが鳴り出した瞬間に俺はビビって電源ボタンを連打して発信を取り消してしまう。

 俺はこんなに臆病者だったのかと自己嫌悪に陥りそうになるが、いや待てと、俺はそもそもどうしてこんなに電話をかけることを躊躇っているのかという理由に思い至る。

 俺がビビっているということももちろんあるのだが、何よりウサンクサイのだ。

 そもそも今までヒーロー募集なんていう広告を見たことがなかったし、ヒーローというのが具体的に何をする仕事なのかも分からない。第一、もしヒーローが必要な場面に直面したとして、新聞に広告を出すものだろうか。


「やっぱり、馬鹿らしいよな」


 ひとり呟くと、くしゃくしゃになった新聞紙をゴミ箱に投げ捨て、公園を散歩すべく立ち上がった。

 その瞬間、ほとんど鳴ることのない俺の携帯電話がけたたましく鳴り始めた。番号を見ると、何度も見返して覚えてしまったヒーロー急募の電話番号だった。


「は、はい岩岡です」


 うろたえながらもそれだけ言うと、電話口から返ってきたのは若い女の声だった。


「岩岡?今あなたから電話があったからテル返したんだけど、あなた、私の知り合いじゃないわよね」

「お前とは知り合いじゃない、だが、新聞の広告を見たんだ。なんでも、その、ヒーローを募集しているとか」

「あの広告を見たのね。じゃあ面接をするから明日の十七時に、履歴書を持って県立図書館の談話コーナーに来て」


 電話は一方的に切られてしまった。

 電話をかけたら若い男女にからかわれた挙句、その音声を動画サイトにアップされるんじゃないかと想像したこともあったが、面接をするなど意外とまともそうで俺は安心した。

 女の声が若すぎるのと面接の場所が図書館というのが気になるが、俺は気にしないよう努めて新しい履歴書を書き始めた。

 県立図書館で俺を待っていたのは予想外の展開だった。


「面接官のヒカルといいます、よろしくね」


 ヒーローを求めている会社が送ってくる面接官だからよほどの変わり者だろうとは思っていたが、まさか中学生とは思わなかった。

 そもそも会社などなかった。俺は騙されていたのだ。いや、確かに新聞広告には会社であるなどとはどこにも書いていなかったのだが……。

 ヒカルと名乗った女は制服を着たままやってきて、スーツでバッチリとキメてきた俺を一瞥すると椅子に掛けるよう促した。もちろんヒカルの会社の椅子じゃなく、図書館の公共の椅子に、だ。


「五歳の頃から格闘技を約二十五年間、いい経歴ね」


 ヒカルはそんなことを呟きながら俺の履歴書を眺めている。

 図書館の談話室だ。当然他の利用客もたくさんいて、面接の真似事をする俺たちのことを好奇の目で見つめていた。

 ヒカルはいわゆる今風の女で、茶色にした短い髪にゆるくパーマを当てていた。スカートは短めで、学校のカバンには何が楽しいのかじゃらじゃらと数え切れないほどのストラップを付けていた。


「それにしても汚い字ね」とかいいながら履歴書を見つめるヒカルの前で、俺はだんだんと馬鹿らしくなってくるが、面接の雰囲気とは恐ろしいもので、俺は両手をしっかりと膝の上に乗せたままヒカルの言葉を緊張して待ち続けた。

「格闘技の試合には出たの?」

「総合格闘技の試合に三十二戦。二十九勝二敗一分け、KO数は二十三だ。最後の試合で体を壊して引退したが、現役の頃は割と有名な選手だったんだぜ。岩岡悠介と岩岡リリィの世紀の兄弟対決って知らない?まぁ、負けちゃったんだけどね」


 俺は熱く、それでいて楽しかったあの頃のことを思い出した。守るべき人も、守るべき力もあったあの頃のことを。


「お兄ちゃん、手加減してるんじゃないの?」

「馬鹿言うな、最初から全力だっつーの」


 言い終えるのを待たずにリリィの右ハイが飛んできて、俺は咄嗟にガードを上げて対応、反撃に出ようとするが思いの他ボディへのダメージが大きく、思うようにパンチを繰り出せずにどれも単発で終わってしまう。間延びした俺のパンチをかいくぐり巨体が迫ってくる、俺はまたガードを上げて体を丸めるが、リリィの膝は的確に俺の脇腹を捉える。マウスピースが口から飛び出し、俺はマットに崩れ落ち――。


「それにしても……」

「ん?」

「あなた、今面接を受けてるのにどうしてタメ口なわけ?」

「え?」

「だから、今面接をしているんだから、ちゃんと敬語を使いなさいよ」

「スミマセン」俺が謝ると、周囲からくすくすと笑い声が聞こえてきた。

「まぁいいわ。それより体を壊したって言ってたけど、どのくらい動けるわけ?」

「やっちまったのは左足デスが、普通に生活する分には問題ないみたいスね。まぁあんま激しい運動は……」

「できないの?バックドロップとかコブラツイストとかも?」

「いやバックドロップとかコブラツイストくらいなら出来るかもしれないスけど」

「人と戦えるの?戦えないの?」


 ヒカルは今までまとっていた温和とはいえないまでも友好的な雰囲気を壊す、きつい口調と目つきでそんなことを言った。

 女性にそんな目を向けられた経験のない俺は、少しうろたえてしまう。


「素人ならなんとかなるかも知らんけど、格闘技経験者が相手なら無理かもしれませんね。もう一年経てばだいぶ戦えるようになるとは思うケド」

「そう、戦えないの。ヒーローなのに」


 俺は馬鹿馬鹿しいと思いつつも、その言葉にショックを受けて愕然としてしまう。傷ついてしまう。そういうことを言わないでほしいと思う。そうなのだ、俺はヒーローになりたいと思っているのに戦えないないのだ。

 アンパンマンだってスーパーマンだって鉄腕アトムだってヒーローは皆、戦えるのだ。ヒーローが何をする仕事かは知らないが、戦えないヒーローはヒーローじゃないんだ。


「ひとつ聞きたいのだが、ヒーローとは具体的に何をすればいいんだ?例えば死ね死ね団とかショッカーみたいな明確な敵がいるのか?」

「ヒーローは人を助けるのが仕事よ。まぁ、いいわ、合格よ。あなたには今日から、このところこの辺を騒がせている犯罪チームを捕まえてもらいます」


 一瞬、辺りがしんと静まった。俺よりも、周囲の図書館を利用していた人たちが息を呑んだようだった。

 どこかの学校で流れるトロイメライの音が談話室の中に微かに入り込んで、俺は一刻も早く家に帰りたくなった。

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