岩岡家の一番強い人間(1)
前歯を折る感触はプッチンプリンの裏にくっついてる棒を折るときの感じに似ている。
俺がそんなことを考えているなんて夢にも思っていないだろう、俺に前歯をぶち折られた茶髪の男Aは、噴水のように血が噴き出している口の辺りを押さえたまま前のめりに倒れこんでもんどりうった。それを見たしゃくれた男Bは泣き笑いのような気色の悪い顔で奇声を上げると、右手を振り上げたまま、まるで小さなガキのように俺に殴りかかってくる。少し離れて様子を見ていた眉毛の無い男Cは、男Bが俺に吹っ飛ばされるのも待たずに、少し迷ってから「わーーーーーっ!」と悲鳴をあげながら逃げ出してしまった。
俺は男Bのパンチを軽く重心を右にずらしてかわし、その勢いを利用して左肘を男の鼻ッ面に思い切り打ちつけた。俺の肘は男Bの鼻を折っても勢いを失わず、そのまま左頬の肉を数センチえぐり取った。醜い皮膚と肉の塊は血を撒きながら駐車場のコンクリートにぺたりとくっついた。
もう俺に立ち向かってくる男はおらず、喧嘩――ともいえない一方的な暴行の舞台となったコンビニの駐車場では二人の男が叫び声を上げて悶絶するばかりだ。
「さぁ帰ろうか、リリィ」
俺が声をかけるとファミマの雑誌が陳列してあるコーナーで週刊少年サンデーで連載してる『天使な小生意気』を立ち読みしていたリリィが顔を上げた。相変わらず崩れた肉まんのような不細工な面だ。金髪のロン毛がアンバランスで余計に俺を苛立たせる。
ジャンプの続きを読みたがるリリィを引きずるようにしてファミマを出ると、俺とリリィは並んで歩き出す。
「ところでさ、『強くなりたい』って、英語でなんて言うの?」
隣を歩くリリィに向かって、俺は前を向いたままそう聞いた。前方では馬鹿面の小学生たちが空き缶を蹴り合いながら家に帰っていた。
しばらく待っても返事がないのでリリィの方を向いてみると、リリィは俺に向かって大げさに肩をすくめてみせていた。
「このカマ野郎が」
俺は吐き捨てて、リリィの尻をすねの辺りで軽く蹴ってやる。
「ぺらぺーらぺらぺーらぺーらぺぺーら」
リリィは唇をとがらせて何事かを俺に抗議しているみたいだったが、残念ながら英語の分からない俺にはリリィの言葉は一つとして理解できない。仕方がないので心優しい俺は、外人のリリィにジェスチャーで伝えてやることにする。
軽くファイティングポーズを取った俺は、ビシィッと、リリィに向けて右の拳を突き出した。何十人もの男たちをぶちのめしてきた、硬くひび割れた拳だ。
「オー」リリィは嬉しそうに両手を思い切り広げると、甲高い声を出して言った。「フタエノキワミ!チキュウダンレツケン!マッハヅキ!」
興奮して漫画に登場するパンチの名前を羅列するリリィの鼻息が無性にイラついた俺は、リリィのみぞおちに軽く拳を入れ、前のめりになってうずくまるリリィに向けてもう一度つぶやいた。
「カマ野郎が。阿呆なこと言ってないで早く帰るぞ」