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~ 伍ノ刻   報復 ~

 司法解剖というと、大抵の人間はどのような光景を思い浮かべるだろうか。


 大都会の真ん中で起きた、謎の密室殺人。その場に居合わせた監察医が、刑事の依頼によって、とりあえず被害者の遺体を解剖する。そんな、刑事ドラマのワンシーンのような光景を思い浮かべることがほとんどだろう。


 しかし、殺人事件の被害者のものと思しき遺体が、全て司法解剖に回されるわけではない。他殺の疑いが間違いない場合は、検察官による検視だけで終わってしまうことが殆どである。実際に解剖までされるのは、他殺か否かに関係なく、変死・・・と断定された遺体だけなのだ。


 その日、K県警お抱えの監察医達は、久方ぶりに仕事の依頼を受けた。とは言っても、実際に彼らが赴いたのは、山奥にある小さな農村。村にある唯一の病院を使い、その場で司法解剖を行うことになっていた。


 病院の手術室に横たわる遺体の前に、県警の刑事と数人の監察医が立ち並ぶ。運ばれてきた遺体の顔を見た瞬間、まだ新米と思われる刑事と監察医が思わず目をそらした。


 遺体は、その村に住む中学生のものだった。年齢は、まだ十三歳程の少年である。早朝、散歩をしていた村の老人が、道端の街灯下で発見したものだ。


 遺体となって運ばれた少年が、異常な死に方をしているのは明白だった。眼球は完全に破裂し、穴から流れ出た血液が、涙の後のように顔にへばりついている。だが、それ以外にこれといった外傷はなく、死因に関してはまったくもって不明だった。


「では、これより解剖を始める」


 監察医の中でも年配と思しき男が、手にしたメスを遺体の腹に当てた。男は手慣れた手つきで腹にメスを刺し入れると、観音開きになるように切れ込みを入れる。もう、今までに幾度となくやってきた、男にとっては当たり前の作業だ。


 男のメスが遺体の腹を裂いた瞬間、その切り口から赤黒い液体が大量に溢れ出した。周りにいる他の監察医や刑事達は、その様子をただ見守っているだけだ。が、しかし、解剖を続ける男だけは、その光景に今までの仕事とは違う異質なものを感じていた。


 死後、それほど経過していない遺体であれば、切開個所から出血することも不自然ではない。ところが、今日の遺体に関しては、その出血量があまりに多すぎるのだ。それこそ、まるで生きている人間と同じように、否、それ以上に大量の血液が切り口から流れ出している。


 これは、ただの変死体ではない。そう思った男はメスを置くと、遺体の腹を手早く左右にこじ開けた。


 瞬間、手術室に小さな悲鳴が響き渡る。監察医が開いた少年の腹から、滝のように血が溢れ出したのだ。それこそ、腹の中は全て血で満たされていたと言わんばかりに、手術台の上に赤いものが広がってゆく。その量は到底並みの出血量ではなく、台の上から溢れ出た血がぼたぼたと床に落ちた。


「せ、先生……。これは……」


 あまりに壮絶な光景に、思わず後ろに控えていた助手の監察医が尋ねた。


 腹腔が破裂したにしては、あまりにも多すぎる血液の量。素人目に見ても、それが異常な光景であるということは容易に想像できる。これでは遺体というよりも、まるで血の詰まった風船だ。


 他の助手や刑事達が、口元を押さえながら後ろに下がった。あまりに酷い臭気と奇怪な光景に、耐えられなくなったのだろう。


 己の中に湧き上る恐怖をこらえながら、担当の監察医は遺体の中に手を伸ばした。どろっとした血のスープが手袋を濡らし、同じ色に染め上げてゆく。


 遺体の中は、その外見に反して冷たかった。血の池の中をかき回すようにして、監察医は中の様子をまさぐってゆく。が、いかに手と指先を動かそうとも、その中にはあるべきはずの物がない。


 胃も、腸も、およそ内臓と呼べるものが全て失われていた。代わりにあるのは、目の前に広がる大量の血液。これの意味するところが分かり、監察医の顔にも初めて恐怖の色が浮き彫りとなった。


 内臓が、完全に液化している。眼球もそうだったが、よくよく考えれば、昨日まで健康だった人間の身体が液化するまで酷く破裂するなど不自然極まりない。


 結局、その日の解剖では、少年の身体が謎の液状化を遂げたこと以外の発見はなかった。死亡に至った原因さえも特定できず、その場に居合わせた全員が、納得のゆかない表情で手術室を去ることになった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その日はまだ木曜だというのに、学校は午前中で終わりとなった。無理もない。生徒の一人である柏木辰巳が、早朝に変死体となって発見されたのだから。


 午前中の授業を全て終え、生徒達は教師の誘導を経て早くも下校を始めていた。給食さえ食べられず、半ば追い出されるような形で学校を出てゆく生徒達。その顔に、喜びの表情を浮かべている者の姿はない。


 亡くなった柏木は根っからの不良として有名だったが、変死ともなれば話は別だ。この小さな村の中に異常な思考にとり憑かれた殺人犯が潜んでいるかもしれない。その事実だけでも、中学生の少年少女を震え上がらせるには十分だった。


 だが、そんな生徒達の中にいても、恐怖の感情に支配されない者達もいた。田所隆二だ。


 例の如く、屋上で煙草をふかしながら、田所は柏木の変死について考えていた。


 柏木が死んだのは、自分達が犬崎紅に手を出した翌々日だ。ここまで都合よく仲間の一人が亡くなると、やはり偶然では片づけられなくなってくる。


 もとより、田所は呪いや祟りと言った話は信じていない。柏木の件に関しても、彼は犬崎紅が裏で手をまわして復讐をしたと考え疑わなかった。死亡の原因や状況などは分からなかったが、紅が闇討ちを仕掛けたと考えた方が、全てにおいてしっくりと来る。


 旧校舎の肝試しでは紅に出し抜かれ、先日の仕置きでさえも相手の心を折るに至らなかった。そればかりか、仲間の一人は腑抜けにさせられ、とうとう一人は亡くなった。


 もう、我慢するのは限界だ。これ以上、犬崎紅の好きにさせてなるものか。今日という今日は、本気でお礼まいりをしなければ腹の虫が納まらない。それこそ、手加減なし、遊びなしで、本当に殺すつもりで私刑にせねば気が済まなかった。


「おい、お前達。今から犬崎の野郎をぶっ殺しに行くぞ。いつまでも、チンタラとヤニ食ってんじゃねえよ」


 屋上のフェンスに寄りかかったままの仲間、権田と澤井の二人に対し、田所はやや凄んだような口調で言った。それは、いつのも田所らしくない行動。抑えようのない苛立ちが、顔や言葉にそのまま表れている。


「あの……田所さん……」


 澤井が恐る恐る顔を上げた。太鼓持ちの彼にしては珍しくない行動だが、その表情はいつにも増して覇気がない。


「なんだ、澤井。お前……まさか、怖気づいたんじゃねえだろうな?」


「いや……でも、今回はさすがにヤバいっすよ。柏木が死んだのだって、なんか、普通の死に方じゃなかったって聞きましたし……」


「ちっ、情けねえ。だったら権田、お前だけでもいい。俺達二人だけで、犬崎の野郎をぶっ殺すぞ」


 弱気になっている澤井を見限り、田所は権田に目をやった。単純な性格のやつではあるが、権田の体格と腕っ節だけは仲間の中でも随一だ。こいつなら、特に臆することなく紅を叩きのめすのに力を貸すはずだ。


 そう考えた田所ではあったが、権田からの回答もまた意外なものだった。


「田所さん……。俺も、今日は遠慮させて下さい……。さすがに、柏木のやつがこうも都合よく死ぬと、気味悪くて……」


「なんだぁ、てめえら。おい、それでも貴様ら、本当にこれからも俺と一緒にやってゆく気があるんだろうな……?」


「そ、それは……」


「なんだよ。言いたいことがあるんなら、はっきり言ってみたらどうだ?」


 田所が、指の関節を鳴らしながら澤井と権田に迫った。ポキポキと、関節の鳴る音に合わせ、田所の足もまた澤井達に向かって踏み出されてゆく。


 田所の顔は笑っていない。いつもの余裕は当に消え、その顔は本気で相手を叩きのめす時のそれに変わっていた。


 澤井も権田も、田所の喧嘩の強さは嫌というほど知っている。単なる腰巾着でしかない澤井はもとより、柔道の経験がある権田でさえ、本気の田所と殴り合いをして勝てる保証はない。


 並みの不良では、二、三人が束になっても敵わないような田所の実力。それこそが、田所が土師見第三中学の不良の頂点に君臨する証だった。この学校内で、面と向かって田所と喧嘩をしようという者など存在しない。彼の存在は、ある意味では澤井や権田にとっては絶対者である。


 ただ、それとこれとは話は別だ。こんな場所で、八つ当たりから殴られてたまるものか。


 なんとか落ち着いてもらおうと、澤井はいつもの調子で田所を説得しようと試みた。しかし、田所は澤井の言葉など耳に貸さず、徐々にその距離を縮めて来る。


 ザッ、ザッという足音が、死刑執行までのカウントダウンのように聞こえた。それは、時間にして数秒。決して長いものではない。それにも関わらず、澤井と権田はまるで蛇に睨まれた蛙のように、その身体を硬直させて後ずさるしかなかった。


 本気の田所と殴り合いをしたら、今は亡き柏木とメンバーを外れた兼元を入れても相討ちがいいところだろう。その現実が、リアルな恐怖となって澤井と権田を襲う。


 徐々に近づく田所の足音。それに気を取られ過ぎたばかりに、澤井と権田は自分の影が、歪な形に歪んで伸びてゆくのに気がつかなかった。


 まるで、アメーバのような不定形生物の如く、二人の影が寄りかかっているフェンスに絡みつくようにして伸びた。影はフェンスを止めているネジへとまとわりつき、その拘束が恐ろしい程の速さで緩められてゆく。


 気がついた時は、既に遅かった。


 田所が二人を殴ろうとした瞬間、ガタッという音と共にフェンスが揺れた。拘束具としてのネジが外れ、二人の体重を支えきれなくなったのだ。


 自分の意思とは反対に、身体が後ろに倒れてゆく。まだ殴られたわけでもないというのに、この妙な滑落感はなんだろう。


 天地が逆さまに映り、自分の身体が大地に向かって昇って行く。いや、この場合は、落ちて行くと言った方が正しいのか。


 どちらにせよ、澤井と権田の二人がその答えを出すことは永遠になかった。


 人の身体が大地に叩きつけられる音。鉄柵が大地に当たり、跳ね上がる音。二つの音が昼の校庭に響いた直後、そこは悲鳴と混乱の嵐に包まれた。


 固い大地に頭の中身を撒き散らした、澤井と権田の見るも無残に代わり果てた姿。そして、そんな彼らの墓標のように、校庭に横たわっている鉄の柵。


 真昼の校庭で起きた、新たなる惨劇。血と、悲鳴と、狂気の渦に飲まれた現場は、まさに白昼の地獄絵図。


 生徒達の日常が崩壊してゆく中、澤井と権田であったものの影が、ゆるゆると動いてその場を離れた。だが、そんな影の動きに目を配れる余裕のある者は、当然のことながら、その場に居合わせてはいなかった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 犬崎紅が帰宅した時、そこには既に先客がいた。玄関先では、珍しく臙良が応対をしている。来客など、いつもは多恵に任せていることがほとんどのため、紅にとっては少し意外な光景だった。


「おや、美紅さんの息子じゃないか。今日は、大変な騒ぎになっちまったなぁ」


 玄関先で臙良と話していた男が紅の方を振り向いた。眼鏡をかねた、中肉中背の男。温和な顔立ちをしているが、男の着ている服は、間違いなく警官のそれだった。


「あ……どうも……」


 咄嗟に言葉が思いつかず、紅は男に向かって軽く頭を下げた。


 元村定夫もとむらさだお。紅が物心ついた時から、土師見村の駐在所に務める警官である。祖父母はもとより、紅の母親である美紅とも顔見知りであり、昔はよく世話になったのを覚えている。この土師見村において、赫の一族の人間を奇異の目で見ることのない、数少ない住人の一人だった。


「それより、どうして元村さんがここにいるんだ?」


 今日の学校で下校中に起きた騒ぎは、紅とて知らないわけではない。屋上のフェンスが外れ、そこに寄りかかっていた二人の生徒が転落死するという惨事があったばかりなのだ。本来であれば、駐在の元村が現場に残るのが普通だろう。


 自分に向けられる、紅の訝しげな視線。それに気づいたのか、元村も身体を紅の方に向けて語りだした。


「いや、亡くなった生徒さんには申し訳ないんだがな……。ちょっと、臙良先生のとこに相談しに来たんだよ」


「爺さんにか?」


「ああ、そうだよ。今朝、三中の生徒が変死体で見つかったっていう話は、既に聞いていないかな? それから半日と経たず、今度は同じ中学の生徒が事故で亡くなった。こいつは、何か妙なもんが動いているんじゃないかと思ってね」


「そんなこと言って、学校の方はいいのか? 事故の原因だって、まだ分かってないだろうし……」


「そっちは、県警のお偉方に任せているよ。それに……」


 元村が、今まで紅の方に向けていた顔を再び臙良の方へと戻す。


「もし、本当に物の怪の類が動いているんなら、早目に先生のとこに相談した方がいいかと……。まあ、そんなところかな」


「なるほどな。でも、今日の事件が事故だって可能性もあるんだろ?」


「できれば、そう願いたいところだね。こちらの杞憂で済めば、それに越したことはない」


 そう言って、元村が紅の肩に手を置いてきた。小柄な体つきに反し、グローブのように大きく、がっしりとした手だった。


「とにかく、今はこの辺も随分と物騒になった。紅君も、夜遅くまで歩きまわって、臙良先生を悲しませるようなことをしたらいかんぞ」


「心配は要らないさ。これでも、一応は用心して生きているつもりだ。色々とな」


「それを聞ければ十分だ。昔、美紅さんには、随分とお世話になったからね。紅君に万が一のことがあれば、とてもじゃないが、仏壇に顔向けできないよ」


 元村が、紅の肩を軽く叩いた。


 土師見村の駐在である元村が、こうまでして犬崎家の人間に好意的なのにはわけがある。以前、まだ紅の母親が生きていた頃に、土師見村で神隠しの事件が起きたことがあった。その際、我が子を奪われたのが、他でもない元村だったのである。


 村の駐在として、そして何よりも父親として、元村は我が子を連れ去った誘拐犯を探し続けた。しかし、県警の応援まで頼んだにも関わらず、数日たっても何の手掛かりも見つかることはなかった。


 快楽目的か、身代金目的か、それとも怨恨によるものか。様々な面から捜査が行われたが、元村の子どもの手掛かりはまったくない。そんな折に現れたのが、紅の母である犬崎美紅だったという。


 警察さえも投げ出しそうになった、謎の神隠し事件。周りの人間から好奇と偏見の目で見られながらも、美紅は独自に調査を続けた。そして、程なくして彼女は元村の息子を見つけ出し、彼を神隠しに合わせた魔性の者から救い出したのだ。


 それ以来、元村は犬崎家の人間に対して極めて好意的に接するようになった。今では妙な事件の話を聞きつけると、それを臙良のところへ持って来ることも少なくない。


(それにしても……元村さんが、現場をそっちのけで爺さんを頼って来るなんてな……)


 再び臙良と話を始めた元村を横目に、紅は少々遠慮しながら自宅へと上がった。


 紅の知る限り、元村は霊感の類など皆無の男である。赫の一族に対しての偏見がないとはいえ、基本的には向こう側の世界・・・・・・・ではなく、こちら側の世界で生きる人間だ。


 その元村が、転落事故の現場を県警に任せて臙良のところへやって来た。こうなると、村で起きている事件の背後に、なにやらきな臭い物の存在を感じてならない。


 いったい、自分の知らないところで何が起きているのか。臙良や多恵は、今回の事件について何を知っているのか。


 知ったところで、自分に何ができるわけでもない。そう分かってはいたものの、紅は言いようのないもどかしさを全身で感じていた。それは、赫の一族の血が成せる、本能的な直感なのか。それとも、何か他の超自然的な存在が、自分に語りかけているという印なのか。


 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、ふと奥座敷の中が目についた。


 いつもであれば、殆ど使われることのない奥座敷。そんな部屋であったが、今は退魔具の材料集めに村を訪れている皐月が使っている。寝室兼作業場にしていると聞いてはいたが、それにしては、今日の奥座敷は何やら物々しい様相をしめしていた。


「皐月さん?」


「ちょっと待って! 今、部屋に入られると困るわ!!」


 部屋の中に一歩を踏み出そうとしたその瞬間、皐月が紅に背中を向けたまま怒鳴った。いつもの人を食ったような態度とは違い、紅は思わず肩をすくめて踏み止まる。


 部屋の中は、天井から吊るされた無数の鈴で埋め尽くされていた。その数は、ざっと数えただけでも百は下らない。いったい、皐月はどこからこれほどの鈴を集めてきたのか。否、それ以前に、この鈴は何の意味があるというのだろうか。


「な、なんだよ、これは……」


 天井から玉簾のように吊るされた無数の鈴。どう見ても、異様としか言いようのない光景である。臙良から魔を祓うための知識を授かっていた紅ではあったが、今回ばかりは皐月の行動に呆気にとられるだけであった。


「ごめんなさいね、紅ちゃん。でも、これも仕事の内なのよ。臙良さんに頼まれて、ちょっとした幽霊探知機を作らなきゃいけなくてね」


「幽霊探知機? この鈴が、か……?」


「そうよ。詳しいことは企業秘密で話せないけど、まあ、私の使っているフーチの強化版ってとこかしら」


「強化版か。こんなもんまで持ち出さなきゃならないってことは、相当にヤバい相手なのか?」


「そんなところね。悪いけど、これ以上の質問には、紅ちゃんでも答えてあげられないわ。あんまり余計なこと話すと、臙良さんに怒られちゃうから」


「そうなのか……。そういうことなら、仕方ないな」


「ごめんね、紅ちゃん。それと、当分の間、この部屋には近づかないでくれるかしら。この道具、使うのには神経も相当に集中しなくちゃいけないから、人の目があると気になるのよ」


「了解だ。朱音にも、気をつけるように言っておく」


「悪いわね。それじゃあ、よろしく」


 こちらに向けて軽く指を立てて言った皐月の顔は、いつもの紅をいじって楽しんでいる時のそれに戻っていた。


 ここにいても、これ以上は満足な情報は得られないだろう。とりあえず、今は臙良や皐月に任せ、自分は大人しくしているしかなさそうだ。


 紅の足音が、徐々に奥座敷から遠のいてゆく。無数の鈴に囲まれたまま、皐月はその音が完全に聞こえなくなるのを待った。


 辺りに人がいなくなったことを確認し、再び作業に戻る皐月。襖を閉め、ほっと溜息をついたのも束の間。今度は部屋の隅に束ねてあった、半紙の山を取り出して前に置く。


 硯に入れた墨の匂いが、微かに鼻を刺激した。ここから先の作業は、まさに忍耐との勝負である。


 道具が完成するのは、恐らく明朝のことになるだろう。これからのことを考えると気が重かったが、それでも休んでいる暇などない。


 手にした筆の先に墨をつけ、皐月は目の前の半紙に向かい、大きく第一筆を書き出した。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 月隠つきこもり。古来より、月の末日を示す言葉である。本来であれば、それは新月を指す言葉。九月の半ばにさしかかった辺りでは、まだ月隠りというには少し早い。


 しかし、それを抜きにしても、その日の晩はやけに暗い夜だった。空一面が真っ黒な雲で覆われ、月どころか星さえも見えない。生温かい風が吹き上げるようにして空へと昇り、今にも雨が降り出しそうな気配である。


 自室の畳に寝転がりながら、田所隆二は今日の学校であった出来事を思い起こしていた。


 今朝、登校するや否や伝えられた、柏木の死。そして、屋上で起きた澤井と権田の転落事故。


 霊的な存在など信じていない田所ではあったが、さすがにこうも仲間が不審な死に方をすると、不気味で仕方がなかった。しかも、その死は全て、あの犬崎紅に屋上で暴行を加えた後に起きているのだ。



――――赫の一族には手を出すな。



 村の老人達が、幼い頃から自分に言い聞かせて来た言葉が頭をよぎる。祖父母だけでなく、両親からも強く言われてきたことだ。理由は教えてもらえなかったが、この話をする時だけは、周りの大人の顔が妙に真剣だったことを覚えている。


 呪いなどはありえない。祟りなどは迷信に過ぎない。今まではそう思ってきた田所だったが、ここ最近、自分の身の回りで起きていることは明らかに異常だ。


 犬崎紅は、本当に自分の仲間を呪い殺したのか。だとすれば、いったいどのような手で。考え出せばきりがなかったが、いくら考えたところで、田所には真実など分かりそうになかった。


 柏木、権田、澤井と死に、残されたのは自分と兼元のみ。ただ、紅を屋上に呼び出した際、兼元はその場にいなかった。すると、次に死ぬ可能性が高いのは、やはり自分ということになるのだろうか。


 気がつくと、指先が微かに震えているのが分かった。認めたくはなかったが、田所は直ぐに、それが恐怖心から来るものであると理解した。


 今までも、恐怖に打ち負けそうになった時は何度もある。明らかに体格差のある上級生と喧嘩をし、互いにどちらも満身創痍になるまで殴り合った時など、本当に殺されるのではないかと思った。また、父親のバイクを勝手に持ち出して乗り回し、事故に遭った際も、一瞬だが死を覚悟した。


 しかし、今の自分を覆っている恐怖は、そのどれにも当てはまらない。得体の知れない存在が、こちらの知らない圧倒的な力を用い、あらゆる場所で命を狙っているかもしれないのだ。


 逃れようのない運命。抗いようのない絶対者。その存在が目の前に現われた時、自分はただ成す術もなく狩られるだけなのだろうか。


「ったく……。冗談じゃねえぞ……」


 誰に言うともなく、田所はそう呟いて起き上がった。部屋の隅に立てかけておいた金属バットを握り、畳の上に胡坐をかいて座る。


「来るなら来てみろよ、犬崎……。俺は、そう簡単にやられはしねえからな……」


 その言葉が虚勢だということは、田所自身にも分かっていた。ただ、何かしていないと落ち着かなかっただけだ。何の抵抗も示さず、気がつけば命を狩られていたなどまっぴらごめんである。


 夜の風が、部屋の窓ガラスを乱暴に叩いた。空の雲は物凄い速度で流れていたが、決して月が姿を見せることはない。黒雲は、山の向こうから次々と運ばれてくる。まるで、田所を出口のない暗闇の中に閉じ込めんとしているように、一向に途切れることはなかった。


 どれほどの時間が経ったのだろうか。時計を見ると、短針は既に夜の二時を指していた。家の者はとっくに寝静まり、今の時間に起きているのは自分のみだ。


 さすがに、今日は何も起きないか。立て続けに仲間が妙な死に方をしたので、少し神経質になっていただけかもしれない。そう、田所が思った時だった。


 一際強い風が、田所の部屋のガラスを叩いた。瞬間、物凄い音がして、窓にはまっていたガラスが粉々に砕け散る。


「痛っ……!!」


 左腕に鋭い痛みが走り、田所は思わずそこに手をやった。生温かい、それでいてぬるっとした感触。どうやら飛んできたガラスの破片で、腕を切ってしまったようだった。


 金属バットを手に、田所はゆっくりと立ち上がり部屋の奥に下がる。割れたガラスの向こう側からは、気味悪い程に温い風が、まるで部屋の空気を侵食するようにして吹きこんでくる。


 風の一撃でガラスが割れる。それだけでも異常なことではあったが、田所を襲う怪異は止まることを知らなかった。部屋の電気が明滅したかと思うと、今度は天井から吊るしてある蛍光管が音を立てて砕け散った。粉のようになったガラスの破片が、パラパラと部屋の中に降り注ぐ。


 いったい、自分の周りで何が起きているのか。これは、本当に犬崎紅の呪いなのか。


 頭が混乱し、自分でも何を考えているのか分からなかった。ただ、次に何が襲ってきてもいいように、手にしたバットを強く握りしめるだけだ。残された、机の上にあるスタンドの明かりだけを頼りに、田所は自分の周りに意識を集中する。



――――クス、クス、クス……。



 後ろで誰かが笑うような声が聞こえた。全身の毛穴が広がり、冷たい物が背中を這ってゆくのが分かる。


 自分の後ろにあるのは壁だけだ。では、今の笑い声はどこから聞こえてきたのだろう。否、それ以前に、声の主はいったい誰なのか。



――――クス、クス、クス……。



 また、声が聞こえてきた。先ほどは風の音に混じって消えてしまいそうな声だったが、今度は田所の耳にもしっかりと響いた。


「だ、誰だ! どこにいやがる!!」


 暗闇の中、田所はバットを振り回しながら叫んだ。


 明らかに、この部屋に自分以外の者がいる。そう分かっているにも関わらず、手にしたバットは虚しく空を切るばかりだ。


 身体の奥からにじみ出て来る脂汗が、じっとりとシャツを濡らしていた。暗闇の中でぼんやりと光るスタンドの明かりが、そんな田所の身体を照らしている。


 淡い、オレンジ色をした白熱電球の明かり。それが田所の身体に当たり、部屋の中に影を作る。


 温く、生臭い風が吹いたと同時に、影が動いた。田所はその場から動いていないにも関わらず、影だけが彼の足元から離れたのだ。


 部屋のかべに伸びた背丈の高い影の男。それは、かつて田所自身の影であった者。だが、いまその影は、田所の身体を離れてゆっくりと揺れている。あたかも自分の意思を持っているかのように、壁の中からこちらを凝視しているのだ。


 ぬるっ、という音がして、影が盛り上がった。人の形を崩さぬまま、影は徐々に田所の部屋の中に実態を現して行く。


 もう、目の前で何が起きているか、田所にはまったく分からなかった。ただ言えるのは、これが自分の理解の範疇を越えた何かであるということだけだ。


 壁から抜け出した影が、完全に人の形となった。その顔にあるのは、赤銅色の二つの瞳。他には眉毛も鼻もなかったが、口だけは大きく耳まで裂けている。そして、その三日月のような形をした口の中には、白銀の牙がびっしりと並んで顔を覗かせていた。


≪オマエニモ……≫


 影が、田所に語りかけて来た。口を動かして言葉を放ったのではない。心の中に直接語りかけてくるような、そんな感じだ。


≪オマエニモ……アジワワセテヤロウ……。ミヲヤカレル、イタミ……クルシミヲ……≫


 影の口の中が、妖しい緑色に光って見えた。思わずバットを握りしめて後ずさる田所。


 戦おうなどという気は、とうの昔に失せていた。身体が震え、両手を上げることさえ敵わない。いつもの尊大な不良の姿は、完全に影を潜めている。


 次の瞬間、影の口から突如として緑色の炎が放たれた。それは部屋の暗闇を不思議な色に染めながら、瞬く間に田所の口の中に吸い込まれてゆく。


「がっ……あぐっ……」


 何かを口にしようとしたが、それは炎の勢いによって遮られた。影の吐き出す緑の炎は、田所の意思とは関係なしに、彼の口と鼻を犯した。


 口が焼け、喉が焼け、最後は胃袋全体を焼き尽くされているような痛みが田所を襲った。手にしたバットを落とし、田所はひたすらに喉をかきむしりながら呻く。が、それでも影は容赦なく、彼の身体の中に炎を送り続けた。


 やがて、全ての炎が吸い込まれてしまうと、影は満足そうに笑って田所を見た。


 既に、田所に立っているだけの力は残されていない。その場で無様に膝を折り、両手をついて畳の上に這いつくばっている。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息が、田所の口から止め処なく洩れる。額から流れ出る脂汗が、鼻筋を通って畳に落ちた。


 ふと、顔を上げて見ると、先の影が嘲笑するようにしながら田所を見下ろしていた。


 影の口が、再び歪な笑みを浮かべる。それに呼応するようにして、田所は自分の身体の中から何かが溢れ出そうとしているのを感じた。


「うっ……ぐあぁぁぁぁっ!!」


 突然、田所が悲鳴を上げて畳の上を転げ回った。全身が熱く、中から焼き焦がされてゆくような痛みが田所を襲う。


 口から、鼻から、耳から、そして最後は全身の毛穴という毛穴から、田所は緑色の炎を噴き出して絶叫した。


 もう、痛みという感覚は当に通り越している。あるのはただ、その身を内から焼かれる恐ろしいまでの苦痛。地獄の業火に焼かれると言った方が相応しい、心まで焼き尽くさんとする灼熱の責め苦。


≪ヤカレルガイイ……ソノ、ケガレタタマシイゴト……≫


 影の言葉が、再び田所の頭の中でこだました。が、それを聞いても、既に返事さえ満足に返すことができない。


≪ウフフフフ……。アハハハハハッ……。アハッ……アハハハハハッ……!!≫


 鼓膜を引っ掻くような狂笑が、田所の頭の中に響き渡る。その笑い声を聞きながら、田所の精神は炎に焼かれ崩壊していった。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※



 その日は金曜日であったが、学校は一足先に休講となっていた。


 早朝になって判明した、田所隆二の死。柏木、澤井、権田に続き、僅か数日の間に四人もの生徒が亡くなったことになる。


 発見された際、田所は、自宅の部屋で仰向けになったまま死んでいた。死因は不明。柏木のように内臓が液化していたわけでもなく、澤井や権田のような事故死でもない。死亡の原因は未だ不明のままであったが、突発的な心臓発作というのが公に発表された見解だった。


 夏休みが明けて一カ月と経たず、土日を含めた三連休が訪れた。が、休みを謳歌するような学生の姿はなく、村全体が一種の異様な空気に包まれていた。


 中学生の、相次ぐ謎の不審死。その内の二つは事故死だとしても、残る二つの直接的な原因は分からずじまい。過疎の進む田舎の小さな村で起きた事件としては、あまりにも異質。これでは、村人が恐れをなして外出を控えるというのも無理はない。


 重苦しい気分のまま、土師見の村は週末を終えた。警察の捜査も虚しく、田所や柏木が死んだ原因については判明しないままだった。


 月曜日、犬崎紅は、いつもの通りに学校へと向かった。祖父母や皐月は相変わらず今回の事件に難色を示していたが、紅には何も語ってくれない。もっとも、いつまでも気にしていたところで答えなど出ないため、時間と共に学校へ行くしかないのだが。


 校門をくぐり教室へ入ると、紅は部屋の空気が何やら違っていることに気がついた。否、正確には部屋の空気が違っているのではない。紅に対する周囲の視線が、明らかに先週とは異なっていたのだ。


 その特異な容姿と家柄故に、今までも他人から疎まれ、差別されることは幾度となくあった。しかし、それにしても今日の教室は異常だ。クラスメイト達のほぼ全員が、紅のことを、まるで悪魔か怪物のように恐れている。少し側を通っただけで、恐怖に慄いた顔をしながら紅の前から去って行くのだ。


 週末を挟み、明らかに変わってしまった周りの態度。その原因さえも分からないまま、予鈴と共に紅は自分の席に着いた。


 教室に担任の教師が入り、朝の簡単な学活を行う。配布物として、何やら学校からの連絡事項が書かれた手紙が配られる。先頭の机に座っている生徒から、それを後ろの生徒に渡す形で回していった。


 どこにでもある、朝の学校で見られるような平凡な光景。しかし、最後尾である紅のところまで、その手紙が回ってくることはなかった。


 教師が枚数を間違えたのか、それとも前の生徒が寝ぼけているのか。不思議に思って前の席を覗きこんでみたが、手紙はきちんと机の上にある。紅の分と、その生徒の分で、しっかり二枚だ。生徒自身も決して眠っているわけではなく、意識があることは後ろから見ている紅からもはっきりと分かった。


「おい。手紙、こっちにも早く回してくれないか?」


 遅々として手紙を渡さない前の席の生徒に、紅は少々苛立った口調で言った。だが、その声が聞こえているのかいないのか、生徒は黙ったまま何も言わず、また動くこともなかった。


 これはいったい、どういうことか。今までも周囲から煙たがられることはあったものの、ここまで露骨に無視をされたのは初めてだ。


 そうこうしている内に、再び始業ベルの音が教室に響いた。どうやら一限の授業が始まる時間になってしまったらしく、担任は教卓の上の物をまとめて部屋を出ていった。こうなってしまうと、もうどうしようもない。


 仕方なく、紅は授業の準備をして時が過ぎるのを待った。そもそも教師の話など、最初から聞いてはいない。勉強など、一人で静かにやった方がいいという考えは、昔から一貫している。


 異変を強く感じるようになったのは、その日の休み時間からだった。どの生徒も、紅に対して今まで以上に避けるような仕草を強めている。半径一メートル以内に人が寄って来ないと言っても過言ではない。


 さすがにこれは、紅にもこたえた。もとより、他人とは深く関わろうとも思わなかったが、存在そのものを無視されるのは、やはり辛い物がある。自分がそこにいるにも関わらず、初めからいないように振舞われるのは、決して気持ち良いものではない。


 部屋の空気、生徒の様子、そして自分に投げかけられる視線。何もかもが異常だった。これは、畏怖などというものではない。そこにあるのは絶対的な拒絶。畏れ、敬う感情ではなく、紅自身を禁忌の存在として見るかのような、冷たい目。


 このまま教室にいても、気分が悪くなるだけだ。そう思い、紅が席を立った時だった。


「ちょっと、犬崎君」


 突然、後ろから自分の名を呼ぶ声がした。そういえば、今日になって、初めて学校で名を呼ばれた気がする。


 振り向くと、そこに立っていたのは萌葱だった。意外そうな顔をしている紅を他所に、彼女は手にした紙を突き出すようにして紅に手渡す。


「はい、これ。今朝の学活で、手紙、もらえなかったんでしょう? だから、私が代わりに受け取っておいたわよ」


「それは、わざわざご苦労だったな。だが、俺にとってはいつものことだ」


「何言ってるの! そんなこと言ったって、今日のあれは、さすがにやり過ぎよ!!」


 いつになく憤慨した様子で萌葱は言った。確かに今日のクラスメイト達の様子は変だったが、それと彼女が怒ることに、何か関係があるのだろうか。


「なあ……。お前、どうしてそこまでして怒るんだ? 俺がクラスの連中から避けられていることなんて、今に始まったことじゃないだろ?」


「それは、確かにそうかもしれないけど……。でも、今日のそれは、今までのこととは違うのよ。犬崎君も、薄々は気づいているんじゃないの?」


「それは……」


 言い返すことはできなかった。萌葱の言っていることは、確かに紅も感じていたからだ。


「はぁ……。その顔じゃ、どうやら学校で広まっている噂までは知らないみたいね」


「噂だと?」


「そうよ。犬崎君が知らないって言うんなら、私が説明してあげるわ」


「お、おい……!!」


 萌葱が紅の手を取り、いきなり小走りに歩きだした。周囲の視線が思わず気になったが、周りの生徒達は何事もなかったかのような様子で紅達の横を通り過ぎて行く。いや、むしろ、目を合わせることさえも避けていると言った方が賢明か。


 廊下に出ても、紅と萌葱の周りにいる生徒達の態度は変わらなかった。萌葱は半ば強引に紅の腕を引くと、二年の教室のある場所を離れ、三年の教室に向かう。


「ほら、あれよ……」


 萌葱に引かれて来た場所は、三年二組の教室だった。言われるままに教室の中を除くと、何やら数人の生徒が固まって噂話をしているようだ。その中心にいる男子生徒の顔には、紅も見覚えがあった。


「あいつは……」


 兼元一也。忘れもしない、あの旧校舎の探索で紅が助けた生徒である。先回りして紅を脅かそうとしたものの、逆に狢の霊に脅かされ、それ以来すっかり腑抜けてしまったとのことだった。そう言えば、田所に屋上に呼び出されて向かった際にも、兼元の姿だけはなかったような気がする。


 以前に顔を見てから一週間ほどしか経っていないにも関わらず、兼元の顔は妙にやつれているように見えた。まるで何日も寝ていないかのように、目の下には大きな隈がはっきりと見て取れる。それは、狢の霊に脅かされたからだけではないだろう。


「あの人が、妙な噂を流している張本人よ。なんでも、犬崎君に触れると祟りがあるとか何だとか言って、周りの人を怖がらせているみたいね」


「なるほど、そういうことか。しかし……どうしてまた、今さらになってそんな噂を流したんだ?」


「犬崎君に元不良仲間達が酷い事をした後、次々に死んだでしょう。それで、急に怖くなったんじゃないかしら? 昔はけっこう頭も良くてクールな先輩だったらしいけど、今じゃあ見る影もないわね」


 萌葱は辟易した様子で言っていたが、紅は何も言わなかった。


 ここ最近になって立て続いた、相次ぐ不良の不審死。それについて、思い当たる節がないわけではない。


 はぐれ神。臙良が口にしていた、主を失い暴走した下級神の存在。そんな物がこの土師見村で暴れまわっているのだとすれば、祟りというのもあながち間違いではない。


「なあ、野々村……」


 教室の中で話を続けている兼元から、紅は萌葱に目を移して口を開く。


「お前は、実際にどう思っているんだ。やはり、俺が田所達に復讐したと考えているのか?」


「そんなこと、間違ってもあるわけないでしょ。だいたい……呪いだの祟りだの、そんな話で人を差別するなんて、馬鹿馬鹿しいにも程があるわよ」


「だが、この村は昔から、そういった慣習に支えられてきた村だ。今の状況で俺と一緒にいれば、お前も変な目で見られることになるぞ」


「別に、そんなの構わないわよ。私も、この村の中じゃあ他所者みたいなものだしね」


「変わったやつだな、お前は。自分から好奇の目に晒されることを望む人間なんて、そういるもんじゃないぞ」


「それは、お互い様でしょ? まあ、とりあえず……今日みたいなことで困ったことがあったら、まずは私に言ってちょうだい。学級委員として、できるだけのことはするつもりだから」


「すまないな、野々村。なんだか、妙に気を使わせたみたいで……」


「気にしない、気にしない。それよりも、もうすぐ次の授業が始まるわよ。早く、教室に戻りましょう」


 廊下から兼元のいる教室の時計を覗き見て、萌葱が少し慌てた様子で言った。自分達の教室までは歩いても間に合う距離だったが、紅と萌葱は互いの顔を見合わせると、共に早足でその場を立ち去った。

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