6.見たのか、見せられたのか、どっち?
やばい、エイジ君怒ってるかも……。
刺々しい彼の口調にいたたまれなくて、マツリはワンピースのひだを両手でぎゅっと握りしめた。
力を入れすぎて、爪が当たった部分の手のひらが白くなる。
ワンピースの布地越しでも痛いぐらい。
それでも強く握らずにいられなかった。
バカみたいに口を開けて見てるから。
だから、エイジ君怒ってるんだ。
彼に失礼なことをしていた自分を知ったとたん、恥ずかしくなって首から上が真っ赤になってしまった。
何がなんだかわからなくなって、頭がごちゃごちゃになる。
顔を隠したくなる衝動を抑えるために、くちびるを固く噛んで我慢しなくちゃならないぐらいだった。
でも、謝らなくちゃ。
エイジ君のチューペットを勝手に食べちゃったのは、このわたしなんだから。
マツリは肺を空気でいっぱいに満たすと、意を決して顔を上げた。
「あ、あのう、さっきはありがとね。タカのこと励ましてくれて」
やっぱり落ち着きなく、手のひらを彼に向けた。
手をひらひらさせて、ひきつったような笑みを浮かべてしまう。
本当はもっと違うことを言わなければならないのに。
なのに、それを口にする勇気がひとかけらもでてこない。
しかたないので共通の話題、弟のタカヒロの話をふってみたんだけど……。
エイジは怪訝そうに首を傾げるだけ。
膝を折り曲げてしゃがんだ姿勢のまま、きれいな茶色の瞳で黙って見つめ返すだけだった。
あっ、そうだ。
エイジ君は、タカがわたしの弟だってこと知らないんだった。
マツリは、彼と初対面であることを思い出した。
「ああ、ごめん。わかんないよね。エイジ君、わたしのこと知らないんだもん」
手のひらににじんだ汗をワンピースにゴシゴシこすりつけながら、早口で自己紹介をした。
「タカヒロは弟で、わたしはマツリっていうの。中学一年生なんだ。よろしくね」
チューペットの謝罪する前に、出来るだけ良い印象を彼に植え付けようと思った。
口の端をいっしょうけんめい持ち上げて笑おうとする。
そして……、あきらめた。
慣れない愛想笑いを作ろうとしたので、口元の筋肉がけいれんを起こしそうになった。
なんで、いつもこうなんだろう。
作り笑いのひとつも出来ないなんて。
笑うのをすぐやめて、口を閉じた。
すると、今度はエイジが口を開いた。
「ああ、あの」
ほっそりした身体をマツリのほうに向け、ぽんと手を打つ。
「さっきフェンス飛び越えて、パンツ見せた人だ」
思い出したようにボソッとつぶやいた。
マツリは勢いよく、ワンピースの裾を押さえた。
「何それ、見たの!?」
公園の出入り口にまで行くのが面倒で金網を飛び越えたとき、ワンピースの裾がめくれたところを見られていたのだ。
誰も見てないと思ったのに!
よりによって、タカヒロの友達に見られていたなんて……。
「見たわね!?」
どうか否定しますようにと祈りながら、きっと目をむいて彼をにらんだ。
「見たんじゃない、見せられたんだ」
エイジは、まばたきひとつせず答えた。
「日本語は、せ・い・か・く・に!」
憎らしげにふてぶてしい態度でそう言ったので、マツリは帽子を投げつけて髪をかきむしりそうになった。
「やっぱり、見たんだ!」
あんまり腹が立ったので、エイジに食ってかかろうと詰め寄った。
なんか変。
エイジの頭が自分よりはるか高いところにある。
そして、自分の目の高さには彼の胸があった。
マツリはぎょっとして、凍りついた。
エイジはいつのまにか立ち上がっていて、マツリを見下ろしていた。
ふたりが並ぶと身長差は明らかだ。
まだ小学生なのに彼のほうがずっと背が高く、中学生のマツリより余裕で二十センチはありそうだった。
背が低いことを気にしてるマツリは、それが余計しゃくにさわった。
しゃくにさわり過ぎて、酸欠になった金魚のように赤くなった顔で、口をぱくぱくさせながら後ずさりする。
そんなマツリを見てエイジは何か思いついたような顔をすると、わざと自分の顔を彼女に近づけるために腰をかがめた。
「まいったなあ」
しばらくの沈黙のあと、エイジはにやりとした。
「そんな顔されたら、そそられちゃうじゃん。身体が反応しそう」
女の子みたいなかわいい顔してるくせして、スゴイことをさらりと言ってのけた。
それも、どアップで。
「げっ!」
マツリは素早く飛びのいて、尻餅ついた。
(反応って、何!?)
目をぱちくりさせて、固まってしまう。
ますます顔がゆでだこのように赤くなってしまった。
すると突然、エイジがお腹を抱えて笑い出した。
「すっごい顔、変!」
マツリの顔を指差してげらげら笑う。
「中学生なのに子供だなあ」
からかわれたことを知って、マツリは腹を立てた。
「よくも、からかってくれたわねっ」
こぶしをつくって、ぶんぶん振り回した。
そのままエイジの顔をぶん殴ってやりたい。
でも、さすがにそれはマズイ。
思いっきりにらむだけで我慢することにした。
「帰る!」
もう、やめたっ。
チューペット食べたこと謝ろうと思ったけど、やっぱりやめた!
絶対謝ってやるもんかっ。
弟のところへ戻ろうと、地面に手をついて腰を上げようとした。
自分で書いておきながら、超!はずかしいです。
まるで少女マンガのノリなので。
中一の女の子の恋物語なので当たり前なのですが……。
ここまで読んだ下さったみなさま、ありがとうございました♪