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恋が始まる必須条件  作者: このはな
恋が始まる必須条件
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5.彼との遭遇

「実は、それが……」


 と言いかけて、マツリは黙り込んだ。


 うまい言葉が頭に浮かばなくて、「あのう、そのう」としか口にできそうになかったからだ。



「なんだよ、じれったいなあ」


 タカヒロは、いらいらと腕を組んだ。


「姉ちゃん、さっさと言ってよ。なんかあったの? 言ってくれないと、わからないじゃないか」


 ここぞとばかりに、タカヒロは一方的に文句を言った。


 姉にこんなこと言えるチャンスは、めったにない。


 十年に一度あるかないかだ。


 さっき虐げられたお尻の分まで敵を討とうと、わざと意地悪く言った。



「そんなこと言ったって……」


 上目遣いになって、もじもじ指を動かした。

 


 エイジ君のチューペット食べちゃったなんて、絶対言えない!


 でも、知らんぷりできないし……。



 マツリは、もう一度エイジがいる方を見た。


 彼は相変わらず何かを探して茂みの中にいる。


 なんだか棘に刺されたように、マツリの胸はちくちく痛んだ。



「なあ、姉ちゃん。姉ちゃんってば!」


 タカヒロは、しつこくマツリを呼んだ。


 そして、ぎょっとする。


「タカぁーっ」

 

 半べそかいて、マツリがタカヒロに飛びついてきた。



「な、なんだよ、姉ちゃん」


 タカヒロは、あせってマツリの小さな身体を抱きとめた。


「さっきから変だぜ。どうしたんだよ!」 


 姉の豹変振りにおろおろしてしまう。



「あのさあ、あのう」


 マツリは、どもりながら言った。


「エイジ君って、優しい?」



「はあ?」


 タカヒロは思いがけない質問をされて、目を丸くした。



(何言ってるんだ、姉ちゃん。暑さで頭がおかしくなったのか?)


 あぜんとして、タカヒロは姉の顔を見た。


 でも、マツリは真剣な表情。


 真っ赤な顔をしてるものの、冗談で質問したのではないことを涙目で訴えていた。



(姉ちゃんって、時々わけわからんこと言うからなあ)


 タカヒロは頭をかいた。


「たぶん優しいんじゃないかな。クラスの女子も騒いでたし」


 学校でのエイジのモテっぷりを思い出した。


 確か『優しくてステキ』っとか、女子が言ってたっけ。



「えっ、本当?」


 優しいなら、本当のこと言っても許してくれるかも。


 マツリの胸に希望の灯がともった。


「本当に、ホントなの?」


 念のため、もう一度確かめる。



「本当だって。さっきいいヤツだって言っただろう?」


 タカヒロも、もう一度答えた。


(こんな恥ずかしいこと、何べんも聞くなよ)


 心の中で軽く舌打ちした。



 ほっ、そうなんだ。


 エイジ君、優しいんだ。


 

 弟の言葉を聞いて気が軽くなり、マツリは元気を取り戻した。 


「よーうしっ!」


 コブシを振り上げ、万歳するような格好をする。


「わかった、行ってくる!」



 気分が萎えないうちに、謝るんだ!


 マツリは勢いよく弟に背を向けると、どすどす地面を踏みしめて練習場を横切っていった。



「うん、いってらっしゃい……」


 タカヒロは、勇み立って去っていく姉のうしろ姿を見送った。



(まさか、告りに行ったんじゃないだろうな)


 姉のあんな顔を見てしまったので、タカヒロは心配になった。



 違う、違う!


 あの『花より団子』の姉ちゃんに限って……。


 ああ、でもなあ。



「姉ちゃんも一応女の子だからなあ。でも相手は小学生だし……。それに、あのエイジだからなあ」


 いつのまにかブツブツ独り言を始めた。


 そんな彼をチームメイトたちは、冷たい視線を送っていた。


 「姉ちゃん、いじめたなあ!」とナオトに責められるまで、タカヒロは全くそのことに気づかなかった。




 目指した場所にマツリが着いたとき、エイジはまだゴソゴソ茂みの中をかきわけ探し物をしていた。


 汗を吸ってまだらになったTシャツが張り付いて、彼のほっそりとした背中の肩甲骨を浮き彫りにする。


 その背中を目の前にしたとたん、マツリは急にその場を逃げ出したくなった。



 ダメだって、! 


 しっかりしろ、わたし!


 新鮮な空気を肺に送るために、両手を大きく広げて吸い、深く息を吐いた。


 

 よし!


 ありったけの勇気を振り絞って、彼に声をかけた。 


「あのう、エイジ……君?」


 緊張して、声が裏返りそうになった。



 自分の声が思ったより小さかったので、エイジに聞こえたかどうか心配になった。


 でも彼は名前を呼ばれたとたん、ぶっきらぼうに短く返事をした。


「なに?」


 自分を呼んだ者の姿が視界に入るように、帽子の縁を右手でちょっと上げて振り返る。



 二人の目が合った。



 マツリは、彼の顔を見て息を呑んだ。


 ぱっちりとした大きな薄い茶色の瞳に、その周りをふちどる長いまつげ。


 鼻筋がすーっと高く通った端正な顔立ちと、さっき野球帽から垣間見た薄い唇。


 さらさらの柔らかそうな前髪がそよそよと風になびく様は、まるで女の子。


 それも、とびっきりの美少女みたいだった。



 うそーっ、信じられない。


 ホントに男の子なの?


 監督さんは、あんなに男らしい顔してるのに……。


 マツリはぽかんと口を開け、彼の顔に見入ってしまった。



 そしてエイジもまた、驚いたように彼女をみつめた。


 ふたりはしばらくみつめ合っていたが、先に視線を外したのはエイジのほうだった。


「何か用?」


 冷たく彼が言い放ったので、マツリははっとしてうつむいた。

  

 

やっと彼の登場シーンにまで、話を進めることが出来ました。


ここまで読んでくださったみなさま、ありがとうございます。


話はまだまだ続きますので、よろしくお願いします。



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